マカロン
ひさ
マカロン
2月14日にもらった小箱を目の前にして、俺は悩んでいた。
掌に収まるサイズの小箱には、綺麗なリボンが掛けられていて、中には宝石のように恭しく並べられたチョコが4粒。
しかもうち2つはハート形。
そりゃそうだろう。何せ2月14日のためのチョコなんだ。ハート形くらいしている。
義理にしてはちょっと上等だけど、これをくれたのが姉や母親なんかだったら、すでにこの箱は空っぽになっている頃だろう。
実際のところ俺の姉や母親は、こんな洒落たものをよこすような人間ではないけど……。
それどころか、この箱を目にしたって、良かったね、くらいの反応だろう。
我が家の女性たちは世の中が騒ぐほどに、色恋イベントに興味がない。
だからこそ、困っている。悩んでいる。
身近に相談できる相手も、様子を伺う相手もいない。
お返し……。どうしよう……。
さらに問題はもう一つある。これをくれた相手だ。
身近な女子がくれたというなら、お返しを何にするかだけ迷えば良い。
何で。よりによってアイツが……。
いや、確かに仲は良い。
悪いヤツでもない。当然、嫌いなわけがない。
でも、アイツは女子からもモテている。
今年だって、数々のチョコをエコバッグに入れて持ち帰る必要があるくらいにはもらっていた。
お返し、大変そうだな。なんて思っていたくらいだ。
俺がアイツからこの小箱を渡されたのは、そんな時だった。
だからついうっかり何も考えずにあんな事を言ってしまった。
「おすそ分け?」
我ながら無神経だったと思う。
女子がアイツのためにと用意したチョコを、しかももらったそばから誰かに横流しするようなヤツじゃない事くらい知っているのに。
その時のアイツの顔を思い出すと、今でも胸が痛い。
勿論、すぐに謝った。でも、時すでに遅しだ。
「本命」
そう言って俺の掌に小箱を押し付けてきた時のアイツの顔は、苦しいような痛いような、それでいてどこか分かっていたような、そんなものだった。
……本命。
アイツの声を思い出して耳まで熱くなる。
本命って。本命なんだよな。
日頃から誠実なヤツなんだ。人が傷つくようなイタズラはしない。
でもこの場合、どっちの方が普通はありがたいものなんだろう。
本気で好きって思われる事を、不快に思うかもしれないとすれば、冗談だよって結果の方が優しさだし。
カップルは異性同士であるべき、みたいな考え方はやめましょうとかいう流れがあるにはあるし、浸透しつつあると思う。でも。
どこかそれは遠い社会の話のようにも感じていて、実際に同性の友達からバレンタインにチョコをもらったりしたら、やっぱり困惑するというか、どうしたら良いんだろうって悩むというか……。
……困った。
この感情とアイツとの関係に折り合いを付けられないうちは、このチョコにも手を出せない。
そうこうしているうちに日は過ぎて、ホワイトデーが着々と近づいてきている。
カレンダーにちらりと目を向けて、頭を振る。
お菓子。お返しと言えばお菓子だよな。
携帯端末を指先で引き寄せロックを外す。
……ホワイトデーのお返し。
検索ワードの追加候補に、意味、という単語が並んでいる。
そう言えばそうだった。お返しするものには意味が込められている。というか紐づけされている。
厄介な話だ。何を返しても良いってわけじゃない。
過去にいくつかもらったチョコに対しては、何を返すか考えるのが面倒で、小さいお菓子の詰め合わせギフトを用意したのを思い出した。
チョコやキャンディやキャラメルや……。とにかく一口サイズのお菓子がごちゃっと一袋にまとまってラッピングされたヤツだ。
良いような悪いような、もらったチョコ自体も基本的に義理のそれだったし、これで十分だった。
初めての本命チョコが、まさか同性のアイツからになるなんて、今の今まで想像もしていなかった。
だったら女子からの本命チョコが欲しかったかと言えば、それも違う。
確かにチョコは嬉しい。そういうイベントで女子からチョコが貰えて嫌なわけがない。
特に俺みたいに、せいぜい義理チョコをいくつか貰える程度の、目立たない人間にとっては。
もしこれがアイツみたいに、エコバッグいっぱい貰うなんて事になったら話は別で、身勝手にもうんざりしていたと思う。
本命チョコも、やっぱり身勝手にも重たく感じる。きっと。
何せ、本命チョコを期待するような女子が俺にはいない。
それ以外の本命チョコは、いくら相手が女子だからと言って、気楽に喜べるわけがない。
何せ想いが込められている。
アイツがこのチョコに込めた想いに、俺はどう向き合ったら良い?
* * *
マシュマロ……。これは絶対にNGだ。マシュマロに罪はないけど、これは嫌いなヤツに返すお菓子代表だ。
アイツからの本命チョコのお返しとしては絶対にNG。
恋愛感情抜きにしても、アイツを嫌いなんて事はないんだし。意味を汲み取るかどうかは別にしたって、俺がイヤだ。
マシュマロは却下。
キャンディはダイレクトに好きすぎて気が引ける。
しかも、情報サイトには、二人の甘い時間を長く続けたい、なんて書いてある。
すでにカップル成立しているヤツら向けのお菓子だし、口の中が荒れるから俺が好きじゃない。
友達なんだしクッキーか?
いやでも、お友達のままで、って事は進展を拒んでいるわけで、受け取った側からしてみたら遠回しに振られたって事になるんだろうな……。
そこで俺は気づいた。
本命チョコをもらった時点で、返事は二択しかないのでは?
俺もお前が好き。付き合おう。か、お前の気持ちには応えられないってごめんなさいするか。
もしかしてこれ、とんでもない勝負を仕掛けられている?
そう考えたらあの時のアイツの顔は、負けると知って戦いを挑んだヤツの顔、にも見えてきた。
でも違う。
お前はまだ負けてない。
だって俺の気持ちに答えが出てない。
ごめんなさいをするつもりはないって事だけが分かっていて、そこから先が分からない。
何せ今までの付き合いが長いから。
急に予想外の角度から来られて、どうしたら良いか分からなくて。
離れたくはないけど、踏み込むことを躊躇っている。
でもここで一歩進まなかったら、きっとアイツは諦めるんだろう。
今頃、チョコを渡して満足してるかもしれない。
自分の気持ちに決着つけた気になって。
2月14日以来、アイツと俺の間に距離ができている。
なんとなく、いつも通りが難しくて、自然と生まれてしまった距離。
でも、こんな状態をいつまでも続けたくはない。離れたくはない。
そうだ。これだけははっきりしている。
離れたくはない。
* * *
3月14日。
ホワイトデーのお返しを全てし終えたアイツを待ち伏せる。
色鮮やかで、繊細で、少し特別なお菓子を届けるために。
ちょっとびっくりしたって良い。
恥ずかしそうにからかわれたって良い。
受け取ってもらえたら。それで良い。
あの日のアイツも、こんな気分だったのかな……。
END
マカロン ひさ @higashio0117
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