第13話 皇太子妃の役目
フォンテーヌが二つ返事で頷くと、ミアは漸く拘束から解放された。フォンテーヌは急ぎミアに駆け寄ってロープで縛られた手足の傷を確認し、思ったより酷くないと分かるとやっと安堵の息を漏らした。
「…申し訳、ありません…」
「いいの、あなたが無事なら…」
ミアは俯いたまま、フォンテーヌの方を見ようともしない。後ろめたいのか、それとも取り付く必要がなくなったからなのか。
どちらにしろフォンテーヌの心に寂しさが広がった。
「さて、早速ですが妃殿下にはやって頂きたい儀がございます。」
感情に浸る暇も与えず、リクは温度のこもらない声でフォンテーヌを見据えた。
「私にしか出来ない事だと言ったわね?」
「はい。」
リクの真剣な眼差しがフォンテーヌに刺さる。朝陽が登り、窓に明かりが差すとリクの淡い金髪が陽の光に反射してキラキラと輝く。冷徹な瞳は青の深みを増してフォンテーヌの不安気な顔を映し出している。
非常に端正な顔立ちのリクは、笑うと可愛らしいのに真顔になった途端にとても冷酷に見える。
性格もそうだ。
優しい人だと思うと酷く冷たい人だったり、まるで捉え所がない。
「単刀直入に申し上げます。
ご側室のエリザベート様を皇妃にして頂きたいのです。」
「…エリザベート様を皇妃に?」
「はい。
我が国では皇太子殿下のご側室に『妃』称号を授けられるのは将来、皇后になるお方…皇太子妃殿下、唯お一人なのです。
しかしながら、その任命を下す前に前皇太子妃殿下は亡くなりました。
エリザベート様を皇妃にと望む者は多い…殿下もそのお一人です。
フォンテーヌ様、これで貴女が此方に輿入れした理由が単なる人質としてではないとお分かりですね?」
(ここへ来て読んだ書物にも書いてあった。
アーチドウェルズについて色々と学びたかったから国関連の本は優先的に沢山読んだ。
その中にリクの言った通りの内容もあった。
王や皇太子の側室に関する一任は全て皇后、また皇太子妃に権限があると-…
前皇太子妃のアリス様がご病死なされた後にご側室のエリザベート様が皇太子妃になれなかったのも、エリザベート様が国の中枢にある宰相の娘だったからだ。)
国政に関わる貴族の娘は正室になれない掟がある。しかしながら、エリザベートは今や皇太子の寵姫であり一介の側室としておくには今後、世継ぎが産まれた時などに弊害があるやもしれない。
皇妃と側室では、立場も権力も天と地の差があるのだ。
そこで、フォンテーヌを名ばかりの皇太子妃にすれば余計な国内の派閥争いも無く円満にエリザベートを皇妃に出来ると考えたのだろう。
そして、権限を放棄した皇太子妃が今後エリザベートの脅威になることも無い。
全てはリクの策略だった。
「成る程…よく、解りました。
エリザベート様を皇妃にいたしましょう。」
「………………」
「?…リク様、どうかなさいましたか?」
何のリアクションないリクに、フォンテーヌは首を傾げた。
(喜ぶと思ったのに…どうして、眉を顰めるの?)
「いえ、もっと困ったり悩まれるかと思っていましたので…こうも早くご決断なさるとは意外でした。」
「だって、これは取引なのでしょう?
それに、元からその為に輿入れしたのなら断る理由が私にはありません…」
(例えばもしも、ルース殿下が私を受け入れてくれて仲睦まじく過ごせていたのならエリザベート様の皇妃任命に反対したかもしれない。でも、そうではなかったし私は殿下の寵愛を望まないと啖呵を切ったのだから仕方ない、むしろ…)
「皇太子妃として最初で最後の務めがルース殿下やリク様、アーチドウェルズの民に役立つ事で良かったです。」
淡く微笑みを浮かべたフォンテーヌにリクは「はっ」と大きく息を吸い込んだ。
背後から完全に昇った朝陽が眩く光を放ちフォンテーヌの体を包み消してしまいそうに見えた。
訳の分からない焦燥感からリクは無意識に手を伸ばす。
-…が、フォンテーヌに触れる寸前の所で我に返り伸ばした手を下ろした。
(何をしてるんだ…俺は…っ!)
色素の薄いフォンテーヌは光と同化しやすい、ホワイトフロンティーヌの名に相応しい人間離れした容姿は神々しいが時として心臓に悪い。
「では、これで取引きは成立です。
私は殿下に取り継ぎ、手続きをいたします。
書類をご用意してからまた妃殿下の元をお訪ねいたします。」
下ろした拳をギュッと握りつつも、リクは平然と頭を下げてミアの部屋を後にした。
リクが去った後の部屋は「しん…」と静まり返り、沈黙がヒリヒリとフォンテーヌとミアの心を痛みつける。
「あなたは少し休んでから来て…っ、私の事は気にしなくて大丈夫だからっ!」
居た堪れなくなったフォンテーヌは早口でミアにそう告げると、自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。
枕に顔を埋めて声を漏らさずに泣いた。
ミアが父の手の者でも平気、最初から気付いていたし、だからって何だというのだ。それでもミアが自分に向けていた親愛の情を信じていたし、2人で過ごした穏やかな年月に嘘はないと思っていた。
そう思っていたのは自分だけだったのだろうか…彼女の部屋を出るまで、ミアは一度もフォンテーヌの方を見なかった。
押し寄せる孤独感にフォンテーヌの涙は止まらなかった。
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