第12話
今から一刻前-…
リクがミアに解放の条件を告げた。
それは、ミアにとっては驚きの条件だった。
「君は、今まで通りリノアの密偵として月1の帰国の際に此方での報告をして構わない。」
「は?」
ミアは当然、強制送還か処刑だと思っていたのでリクのこの台詞は予想外だった。
元から何を考えているのか分からない男だが、これには空いた口が塞がらない。
「別に驚くことないだろう。
そもそも、君は姫君と殿下の状況を報告する役目で来た訳でアーチドウェルズの弱みを見つけるなんて大層な仕事は求められていない、そうだろ?」
リクの言う通り、ミアがリノア王に命じられたのはフォンテーヌの動向とルース王子との関係性だ。フォンテーヌがルースの心を掴む様にと命令された以上、結果が得られたかどうか報告する義務がある。
「はい…お察しの通りです。」
第一、あの他力本願な王が大国相手に謀反を疑われる様な恐れ知らずな真似などする訳もない。
(だいたい…このリクといい、あの皇太子といいアーチドウェルズに他国のネズミが入る隙など決して与えないだろう。)
ミアはチラリとリクに目を向ける。
「だったら、これまで通り何も無かったかのように過ごしてもらっていいよ。
もちろん、フォンテーヌ様の侍女としてね。
その代わり…」
その代わり…
ほら来た、とミアは生唾を飲んだ。
「君がリノアヴェールの密偵だということはフォンテーヌ様に知ってもらう。
それを脅しに君と一緒に俺の駒になってもらうよ。」
「駒だと…?フォンテーヌ様に何かしたら次は本当に殺す…っ!」
「君は自分の状況がまだ分かってないんだねぇ…これはね、ミア。
君への脅しでもあるんだよ。」
再びリクに殺意を向けて睨み付けたミアの顎を掴み、リクはその鋭い瞳を真っ直ぐに受け止めるとこれ迄になく低い声で、
「お前がしでかした行為はお前だけじゃなく、姫も殺すに値するんだ。
もちろん、その後にはリノアヴェールへの報復もさせてもらう。」と言った。
ミアは「ヒュッ」と小さな悲鳴を上げて身体を震わせる。
リクの脅しは本当だ。
怒りに身を任せた結果、フォンテーヌを危険に晒した後悔が押し寄せた。
青褪めるミアを放しリクは話の続きをする。
一歩離れればまたお得意の胡散臭い笑みを浮かべてまるで掴めない。
「駒と言っても汚れ仕事をさせる気はないよ。ミア、君はこれから二重スパイになってもらう。帰国の際、あちら側の状況とあったら情報の報告をしてもらいたい。」
たった今、汚れ仕事ではないと言った口で何をほざくのか…だが、元々リノアヴェールに不満を抱えているミアにはリクの条件を飲まない理由はない。
そんなことでフォンテーヌに危害が及ばないならお安い御用だ。
しかし、問題は…
「私の条件は飲む。
でも、フォンテーヌ様は…」
「心配いらない。
姫には皇太子妃殿下にしか出来ない、ある仕事をしてもらいたいんだ。
その為にルース様と結婚させたのだから本来の使命を果たしてもらうだけだよ。
それに承諾してくれた暁には、私からも一つだけ姫に贈り物をしようと思う。」
「贈り物…?」
「ああ、閉じ込められた姫君に自由のプレゼントだ。
さすがに好き勝手とはいかなくても、決まった時間に決まった場所なら外へ出てもよい許可を殿下に出してもらおう。
どうだろう、君にとってもフォンテーヌ様にとっても悪くない条件だろう?」
(フォンテーヌ様が外に出られる…
窓枠に座り、聳え立つ城壁から少しだけ覗く青空を見上げるフォンテーヌが脳裏に浮かぶ。
空を恋しがる小鳥の様に手を伸ばしていた姫が、いっ時でも自由を手に出来るなら…)
「分かった。
フォンテーヌ様に危害が及ばないなら、お前の指示にしたがう。」
ミアの返事に満足したリクはにっこりと微笑んで見せた。
「ミア、たった今から君は俺の子飼いだ。
夢夢忘れるなよ?」
この瞬間、ミアは祖国を売った裏切り者となった。しかし、それが何だと踏ん反り返ってリクを見上げる。
「はい、リク様」
リクは明らかにこの状況を愉しんでいる。
フォンテーヌにどうやってミアがリノアの密偵だと知らせようと考えるも、リクが面倒だからそのままでいいと言い放った。
ちなみに、そのまま…とはミアが拘束された状態のことだ。
(どうりで、和解交渉が済んでも解放されないと思った…まぁ、和解かどうか複雑だけど何とか最悪の状況は免れた。)
しかし、首の皮一枚…という危機的な立場にあるのは変わらない。
ミアもフォンテーヌもリクの気分一つでどうにでもなる存在だ。
リクは一国の王向きの性格をしている。
もちろん、独裁者だ。
「君も終ぞ姫様に本心を打ち明けられない立場になってしまったね。」
フォンテーヌを呼びに向かう為、部屋を出る間際にリクがミアにそう声をかけた。
降伏した相手に皮肉を言わないと気が済まないのかとミアの額に青筋が浮かぶ。
しかし皮肉屋の子飼いになった以上、こんなことをいちいち気にしていては身が持たない。
口ごたえしたくとも再度ナフキンで塞がれた口では言葉さえ発せない。
だから心の中で唱える。
『フォンテーヌ様への想いは私の中で大切にしていけば良いことですから。』
(そう…例え本人に伝わらなくても、私が知っていれば良い…私は貴女が大好きです。と…)
「想い人に自分の本心を告げられないのは苦しいよな…」
同情だろうか。
リクは消え入りそうな声で言うとドアを静かに閉めた。
(今のは私に向けて言ったの…?
それとも…)
いいや、どうせ考えてもリクの思惑など解りはしない。
ミアはかぶりを振ってフォンテーヌを待った。
きっと傷付けてしまうだろう…それでも側にいたい。嫌われてもいい、どうか側にいる事を許してください…ミアは祈りを込めて目を閉じた。
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