第11話

たった一杯のお茶とクッキーで懐柔されるなんてチョロ過ぎるだろう。

思いがけずミアの昔話を聞かされたリクは呆れていた。

しかし、理由はそれだけではない。

死を望むほどの痛みと先の見えない絶望からミアを救ったフォンテーヌはミアにとってみたら間違いなく命懸けで守る価値のある存在なのだ。


「なるほど、君を怒らせた理由は俺が姫に放ったセリフだ?

特にあの…手篭めにする件のところだろ?」


「一介の姫相手に放っていい言葉ではない!

お前はフォンテーヌ様を侮辱した…っ!」


(言葉のあやだったんだけどなぁ…)

しかし、生真面目.姫様一筋のミアには聞き捨てならないセリフだったのだろう。

あんな例え話し間に受けていちいち命を狙われたんじゃたまったもんじゃない。

リクは面倒臭い奴に絡まれたと頭を掻いた。

ここは素直に謝る方が得策だ。


「申し訳なかった。

フォンテーヌ様にも言い過ぎたと反省する。」


「な…っ、なんだ…っ!

皇太子の側役が、たかが侍女に頭を下げるなんて…」


そのたかが侍女が皇太子の右腕に奇襲かけておいて今更何を狼狽えてるのか…良くも悪くもミアは素直な女なのだとリクは思った。

しかもミアは立場上、リノア王の子飼いだ…呆気なく語ってくれた身の上も上手く使えば利用できそうだ。


「君の主人への忠誠心と本心を語ってくれた敬意を記しているんだから、この謝罪は素直に受け止めてくれ。」


頭を下げたまま、リクは口角が上がらない様に含み笑いを呑み込んだ。

悪巧みを思い付いたものの、ミアに捧げた謝罪の言葉に嘘はない。

そんなリクの態度にミアはしばらく言葉を詰まらせたが、よくやく一言だけ「分かった」と返した。


しかし次の瞬間顔を上げてある事を告げたリクに、ミアは更なる驚愕と不信感を抱くのだった。



**************


翌朝、まだ日が昇る前にフォンテーヌを起こしに来たのはミアではなくリクだった。

いくら皇太子の側役だとしても女性の起き抜け…しかも皇太子妃であるフォンテーヌのベッドを開けるなど言語道断である。

目を開けて男性の顔が近くにあるなど経験したことのないフォンテーヌは思わず悲鳴を上げそうになるが、すぐに口元をリクの手に塞がれてしまった。


「お静かに…っ。

妃殿下、どうか驚かず隣りのお部屋にご同行願います。」


いつもなら名前で呼ぶリクが深妙な顔でフォンテーヌの口元と手を軽く拘束してミアの部屋へと誘う。

フォンテーヌはミアに何かあったのかと不安になりながらも物音を立てぬ様に気を配りながらリクに従った。


「ミアっ!!」


リクの拘束が解けたのはミアの部屋に入って椅子に括り付けられている彼女を発見した時だった。


「どうして…っ、なぜ貴女がこんな!」


フォンテーヌはミアに駆け寄り口に咥えられたナフキンを急ぎ取った。


「申し訳ありません…フォンテーヌ様」


謝罪するミアの悲し気な顔にそっと手を添えると、フォンテーヌはリクを睨み付ける。

なぜミアがこんな格好でフォンテーヌに謝罪しているのかは分からない。

分からないが、大事な侍女…いいや、幼い頃から何だかんだと側にいてくれたミアはフォンテーヌにとって姉妹も同然。その彼女がこんな仕打ちを受けている事に強い怒りが湧いた。

怒りの矛先はもちろんリクに向けられた。

友達だと思ったのに。

欲しかった言葉をくれたのに。

ついさっき大事なことを教えてくれたばかりなのに。


「どうして…」


いつも穏やかに澄んだ淡く優しい水色の瞳が、波紋が広がる水辺みたいに揺らめいて鋭くリクを射抜く。

しかし、リクはそんなフォンテーヌと狼狽えるミアを一瞥して見下ろしながら冷たい声色で、

「そこの侍女は昨夜、私を殺害しようとしたリノアヴェールの密偵です。」


そう、告げたのだ。


暫くの沈黙の後で、

「…え?

いま…、なんて?ミアが…なにって?」


驚き狼狽えながらリクとミアを交互に見上げてフォンテーヌは震える声で聞き返した。


「ミアはリノア王の密偵で、私と皇太子を狙い貴女の動向を監視している間者でした。」


「嘘よ!そんなハズないっ!!

何かの間違いよ、ねぇ…ミア、そうでしょ?

違うわよね、ねぇ!ねぇってばっ!!」


しかし、返ってきた答えは無情でフォンテーヌは黙って俯いているミアの肩を揺らして何度も否定の言葉を求めた。


「沈黙は肯定ですよ、妃殿下。

貴女の国が我が国に反旗を翻したんです。

さて…この責任をどう取って頂けるのかお聞かせ願いますか?」


背中に刺さる冷ややかな声に、フォンテーヌはミアを見つめるも彼女はじっと瞳を閉じたままフォンテーヌを見ることもなかった。


(それが答え。

リクの言った通りミアは本当に父の手の内の者なのだ。

一体いつから?

最初に出会った時も仕組まれた茶番劇だった?

その日から毎日来てくれたのは私を監視する為だったの?)


フォンテーヌは傷だらけのミアを思い出し、それからの日々を思い浮かべた。

あの日、勇気を出して謝罪しに来てくれたあの子の目に嘘は無かった。

名前を聞かれて名乗った時に見せてくれた笑顔も、素っ気ないけど優しく接してくれたこれまでの日々に嘘は無い。

ミアはいつだって真摯に私に寄り添ってくれていた。


だから-…


「ミアはリノアヴェールに帰してください。

今回の一件は全てリノアの姫である私が責任をとります。」


「そうですか。

それが貴女の答えなんですね?」


「はい。」


「皇太子殿下の命が危ぶまれたとあれば貴女は廃妃の上、斬首刑ですが…構いませんか?」


「待って!それは…」

「はい!」

ミアが止めるより早く、フォンテーヌが返事を返す。

揺るぎなく強い眼差しでリクを見つめる。

フォンテーヌの覚悟を確認したリクは「ふぅ」と小さく溜息を吐いた。


(まったく…とんでもない姫だ。)


「妃殿下が死をも臆さないと言うのであれば、

ここは一つ、私と取引きをしませんか?」


「取引…?」


「はい。

幸い、昨夜の件はまだ殿下にも他の者へも気付かれておりません。リノアの貴女方が私に『とある協力』さえして頂ければ報告するつもりも御座いません。」


薄暗い部屋にリクの瞳だけがやけに妖しく光って見えてフォンテーヌは恐ろしかった。

まるで暗い森で獲物を狙う狼の目だと。


「協力とは…どのような?」


華奢な肩を震わせながら裏切り者の侍女を庇う仕草を崩さないフォンテーヌに、リクは感心しつつも彼女とは永遠に馴れ合えないだろうなと思った。

己の利己の為に他人を傷付けるを厭わない自分と、他人が傷付くのならば己が犠牲になる事を厭わない姫では水と油だ。


(せっかくの友達ごっこもこれまでか。

案外、短かったな…

少々名残惜しい気もするけど、それならとことん嫌われた方がいいだろう。)


「簡単なことです。

今から御二人は私の言う通りにして頂きます。」



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