第3話
国花の紋が入った王家の馬車の中でフォンテーヌは遠去かる母国を眺めていた。
「寂しいですか?」
嫁ぎ先に同行した唯一の侍女、ミアが不貞腐れ気味の主に無表情で問いかける。
「嫁入りするっていうのに、見送りに出てきたのがティアナだけなんて酷いわ。」
「城の者達にも見送られたじゃないですか。」
それはそうだけと…とフォンテーヌは小さく頬を膨らませた。
城の使いの者達は形式上、姫を見送っただけだ。誰も心の底から祝福も憐れんでもくれず目の前の侍女と同じ無表情で「お気を付けて」と一礼して終わり。
(寂しい)と泣いてくれたのは妹のティアナのみで、国民ですら姫の嫁入りに対して関心を持つ者はいなかった。
例え月に一度の里帰りがあるとは言え、フォンテーヌはこれ程までに自分が敬愛されぬ姫だと思ってもみなかった。
(みんなの関心は私自身が齎す恩恵だけって…まぁ、それすら満足に出来ないのだから仕方ないわね…)
肩を落としてブーケを見つめると次第に視界が滲んだ。
雫が花に落ちる前にフォンテーヌはグッと涙を堪えて顔を上げた。
と、同時に行者が馬車を止めて車内にいるミアに合図を送った。
「姫様、到着したようです。」
「もうっ!?」
感傷に浸る前に到着を告げる無表情の侍女が、「隣国ですからね、」と言いつつハンカチで間抜けツラの主の鼻水を優しく拭い、繊細なレースで編んだヴェールを下ろす。
「とても美しいです、マイ.プリンセス。」
今まで聞いた事もないような侍女の優しい声にフォンテーヌはハッとしたが、ヴェールのせいで彼女の表情は伺えなかった。
馬車のドアが開くとミアはさっと外の行者の手を取り降り、そしてフォンテーヌに手を伸ばした。
フォンテーヌはその小さく柔らかい手をそっと取り、レース越しに漏れる太陽の光に目を細めた。
皇太子の結婚相手である祝福の姫君と呼ばれた隣国の魔女を一目みようと、群衆が城の周りにわらわらと集まっている。
しかし、フォンテーヌが馬車から出てくると群衆を押し退けその周りを騎士団が取り囲んでしまった。
絶世の美女がどんなものかと興味津々に見物しに来た国民は邪魔をされたと不満の声を上げた。
喧騒と罵声の中、フォンテーヌはその不満の声が自身に降り注ぐ野次にも聞こえ、その場から身動きが取れず恐怖を覚えた。
自国の騎士達とは違う体躯の大きな隣国の騎士達に取り囲まれ、まるでそのまま投獄されそうな覇気を放っているようだった。
繋がれたままのミアの手に力が入り、汗ばんでいくのが手袋越しでも分かる。
「何をしている」
凛とした澄んだ声に周りの喧騒がピタリと止み、騎士はさっと群衆とフォンテーヌの間に壁をつくる様に整列すると声の主に一糸乱れぬ動作で敬礼を送った。
張り詰めた空気感にフォンテーヌはぎゅっとミアの手を握り返した。
(皇太子のルース様です。)
先に頭を下げていたミアは小声でフォンテーヌに耳打ちすると、フォンテーヌは咄嗟にドレスの裾を広げて頭を下げた。
ルースは純白のウェディングドレス纏ったフォンテーヌを一瞥すると、さほど興味もさなそうに一歩後ろに下がっていた皇太子側役のリクに目配せを送る。
リクは無言の命令に一礼すると、フォンテーヌとミアの元に近寄り「ようこそ、アーチドウェルズ国へ。お初に御目にかかります、皇太子殿下補佐のリクと申します。」と笑顔で花嫁とその侍女の手の甲にキスを落とした。
これが淑女に対するアーチドウェルズ国の男性がする挨拶と知っていながらもフォンテーヌは顔が熱くなった。
ヴェールを被っていて良かったと心の底から思う。
そして、隣の侍女はまた涼しい顔で澄ましているのだろうなという事も想像できた。
「さて、ご挨拶も早々でございますが城内へご案内させていただきますね。
フォンテーヌ様におかれましては花嫁のヴェールを上げてしまった方が良さそうです。折角のリノアヴェール特産品の見事なレース編みではございますが足元が悪い所もありますので、安全性の為にも…ぜひ。」
リノアヴェールでは花嫁の顔は一番に花婿の目に触れさせなければ、寵愛を失うという言い伝えがある。が、しかし国が違えば様式も違うというもの。美しいヴェールだが正直、鬱陶しいし取ってしまって構わないというなら有り難い。
「では、失礼致します…」
そう言ってフォンテーヌが顔のヴェール手に掛けると、ミアがそれを制止した。
?どうしたのかしら?とフォンテーヌは戸惑い、ミアの名前を呼ぶ。
「花嫁が自分で上げてはなりません。
どうしてもというなら、私が姫様のヴェールをお上げします。」
「あ、そう?
それなら…はい。」
そう言ってフォンテーヌはミアの前に屈んだ。ゆっくりと視界が広がると、すぐ近くで感慨の溜息が聞こえた。
「いや、これは驚きました…本当にお美しい。
ホワイトフロンティーヌと別名の通りで…」
ホワイトフロンティーヌ、白の境界線。
それは昔、大陸を旅する商人がリノアヴェールで見かけた祝福の姫をそう例えた事から広まった別名だ。
歴代の姫君の名前はそれぞれ違うが、この別名だけは引き継がれてきた。
他の国からしたら、むしろ此方の名前の方がポピュラーであろう。
「フォンテーヌ様は大陸一の美姫でございます。本来でしたら婿たる皇太子殿下に一番にご覧頂きたかったのですが、残念ながら殿下は姫様にご興味がないご様子。
致し方なく、最初に会わせた殿方がリク様になってしまいましたわ。」
褒めているのか、貶しているのか…遠慮のないミアの物言いにフォンテーヌは苦笑いを浮かべた。
嫌味を言われたリクはニッコリと笑みを浮かべて「光栄でございます」などと流す始末で、この二人は質が似ている分先が思いやられると頭の痛くなるフォンテーヌだった。
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