第2話

昔々、澄んだ泉の元にこの世のものとは思えぬそれはそれは美しい姫が誕生しました。

嫋やかに流れる銀色の髪、積もりたての柔らかい真雪の様な白い肌、陽が煌めく泉の様な淡いブルーの瞳。

瑞々しいラズベリーの様な赤い唇。

正に、神の祝福を受けた完璧な容姿の姫君。


情勢の弱かったリノアヴェールは姫の誕生により様々な奇跡の恩恵を受けるのです。

やがて荒れた山から金が見つかると脅威だった隣国とも貿易や投資などを通して友好関係を結び、豊かになった国は益々栄えました。人々は笑みを絶やさす事なく幸せに暮しましたとさ…めでたし、めでたし。


「とは、いかないのが世の中よね…」


ネモフィラの花畑の真ん中で、この国の第一王女であるフォンテーヌ.リノアヴェールは古い絵本を放り投げて大の字に寝そべった。

フォンテーヌの重さに耐えられずにクシャリと潰れる花の感触が背中に伝わる。


「ごめんね…

でも、大丈夫よ。

どうせあなた達は魔法で枯れる事もないのだから。」


視界いっぱいに広がる青い空と同じ色の花をひとつまみして「ふぅ…」と小さく息を吹きかける。

すると、花々も可憐な姫に触れるように風に仰がれた。

同時に数枚の花びらと彼女の長い銀色の髪がふわふわとそよいだ。


昔からある、建国の王と泉の姫の物語りが綴られた古い絵本。

リノアヴェールの人間なら誰しもが知る物語。


「奇跡だとか、祝福の姫だとか…綺麗事並べてるだけじゃない」


右手の人差し指を眺めながらフォンテーヌは眉を顰めた。本当の話はこんな生易しい話でない事をフォンテーヌは自身の身をもって知っている。


国宝[奇跡の泉]は祝福の姫君が天命を迎えて死すると再び魔力のない普通の泉に戻ってしまう。

すると天災に見舞われ、金も掘り出せなくなり瞬く間に国は崩壊の危機に晒される。

初代の姫が亡くなった後、3代目王の元に彼女の生まれ変わりが如く同じ容姿の姫が誕生し間一髪で国難を逃れたという話がある。


泉の姫は建国260年の間に姿を変える事なく何度も転生した。

フォンテーヌで10代目だ。

しかし、彼女に前世の記憶はなく同一人物だという自覚もないことから魂だけは違うものとして生を授かるのだと本人含め、周りもそう思っている。

そして、世界の情勢が変わる毎に祝福の姫の役割にも変化が出てきた。


血を絶やす事がない様に王族内から夫を迎え入れた姫君達だが、必ず本人から次代の姫が生まれてくる訳では無かった。

むしろその確率は低い。

祝福の姫とは何の関係もない、王子と正妃の間に祝福の姫が誕生した例もある。

それが2代目の姫だ。

ランダムという事もないが、そういった事例もあり祝福の姫君といえど聖女扱いされないのがこの国なのだ。

彼女らに自由はなく、泉のある城に軟禁され死ぬまで泉の管理に当てられる。

フォンテーヌは歴代の中で2代目に続いた王と正妃の間に生まれた第一子だった。

それは、百数十年振りの奇跡だった。


国中が歓喜に湧き、更なる泉の奇跡の恩恵を期待したがその期待とは裏腹に国の情勢は緩やかに悪くなって行った。

豊富に採れていた金の採掘量が年毎に減り、平和ボケした若者は兵役しても訓練に励む事もなく除隊する。

国防は仕方なしに隣国頼りになるが、それには多額の上納金が必要だった。

国民の生活は今まで通りの裕福とはいかなくなり、次第に市民は祝福の姫である王女に不満を抱く様になった。

良い事も悪い事も全て姫のせいにする王や国民にフォンテーヌは内心腹を立てている。


嫌な事があると、この花畑に来てはその鬱憤を晴らしていた。

今朝は[儀式]以外で久しぶりに父であるリノアヴェール王と会った。

もしや、泉に何かあったのかと心配したが父から発せられた言葉は自身の結婚が決まったという衝撃的発言だった。


え?結婚?

婚約もしてないのに、いきなり結婚?

フォンテーヌの頭には幾つもの??が浮かんでいた。


「お前も、もう17歳だ。

嫁ぐには良い頃合いだろう、相手は隣国アーチドウェルズ国のルース.ウェルズ王子だ。」


「アーチドウェルズ国のルース.ウェルズ王子…ですか」


強国アーチドウェルズの第一王子ルースは22歳。剣技の才があり、まるで絵画から飛び出た様な美男子と評判だが愛人を溺愛した挙げ句、正妃を死に追いやったと噂がたっている問題の王子だ。


確か、彼を最初に見たのは10年程前か。

国賓としてアーチドウェルズ王と一緒に建国祭に来ていた時に少しだけ話をしたような気がする。

あまりに幼い頃のことだから覚えていないが、確かツンケンした可愛げのない男の子だったと思う。

まぁ。それはさておき、お嫁に行くという事は…つまり、


「私がこのリノアヴェールを出て行くという事なのでしょうか?

それでは泉の管理は?

[儀式]はいかがするのでしょう…?」


祝福の姫としての役目を終えるという事なのだろうか-


「案ずるな。

[儀式]は月に一度、里帰りも含めて帰省するよう条件付きで先方とは話をつけてある。」


「…そうですか。」


条件付き…そういう事か。

父の事だから、他にも色々な取引をしているのだろう。

例えば、減った金塊の代わりに祝福の姫である娘を隣国王子に差し出す。

フォンテーヌの腹違いの妹、第二王女のティアナは王によく似た容姿の姫で父に溺愛されている。

突然変異まがいの不気味な娘より、可愛い真の娘ティアナを曰く付きの王子に嫁がせるはずがない。

しかもアーチドウェルズは武力国家、膨大な国力を誇る大国だが国民の大半は魔法に守られているリノアヴェールを気味悪がり嫌っている。

そんな国に大切な我が子を放り込むなど毛頭考えはしないだろう。


それなら泉の庇護が衰えている姫の方がマシ、という事なのだ。

なんてことない、腹黒い父の考えることだ。


祝福の姫を産んだ者は命を落とす。

フォンテーヌの母、前皇后も例外なくお産で命を落とした。

前皇后を愛していた王は、フォンテーヌを憎んでいる。

国の為には大切に扱わなければならないが、前皇后の面影もない姫に愛情など抱けるはずも無かった。

例え月に一度でも顔を合わせるのは嫌で堪らなかったのだ。


そうそう、此処リノアヴェールには祝福の姫君に対してもう一つの呼び名がある…

[母の命を食らって生まれるカース.プリンセス](呪いの姫)だと。

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