第8話「夢想」

 夏の季節が終わり、秋へ向かう頃。

いつも通り、病室に私達は居た。


「…………………」

暁月あかつきくん?」

「……あ、ごめん。何?」

「ここなんだけど……」


 最近の暁月くんは、少しボーッとした様子が目立つ。

あと、変わった事と言えば、彼が眼鏡を掛け始めたこと。

最初は違和感があったけど、1週間もすれば自然と馴染んでいた。

見た目もより知的な感じで、とても似合ってる。



「……暁月くん。大丈夫?疲れてるなら、もう休んでいいよ…?」

「──ううん。大丈夫。……あと、これ間違ってるよ」

「えぇ?」

廻里かいさとさんの方が休んだ方がいいんじゃない?最近、習い事とか…あとオーディションしてたんでしょ?」


 オーディション。

それは歌手になる為のもの。

今はその判定待ちで、暁月くんには夏休みが明けても終わらなかった宿題を手伝ってもらっている。


「確かに…ずっと詰め詰めだったから、あんまり気も抜けてないかな…」

「宿題ならいつでも付き合うから、ここでやめておこうよ。それにもう、外も暗いよ」

「──うん」


 宿題のプリントや授業のノート、筆箱を鞄にしまう。

外は薄暗い。

今日は帰っても誰も居ない。

鞄に入ったコンビニで買ったお弁当と飲み物が今夜の夕食。

 ただ、何も無くなった机を眺めていた。


「帰らないの?」

「……今日、誰も居ないんだ。それに明日は休日だし、帰っても1人だから…」

「そっか。──こっちに座りなよ。パイプ椅子だと痛いでしょ?」


 暁月くんは身を横へ滑らせて、ベッドを軽く叩く。

私はパイプ椅子を立って、そこへ座った。

沈み込むように体もリラックスしていく。

その連鎖に、心も気が緩んでしまう。

捉えようのない悲しい気持ちが襲いかかって来る。


「廻里さん。悲しそうな顔してるよ。何か変な事考えてない?」

「…!ううん!何でもないよ!気が抜けちゃっただけ!」


 そう、なんでもないはず。

オーディションの判定とか一人ぼっちとか、確かに気になってしまうけど、大丈夫。





『廻里さん。君にも伝えようと思う』


 …大丈夫。


『暁月くんの身体に関してだ』


 ……大丈夫。


『彼は今、記憶障害……記憶喪失になっている』


 …………。


『知識の面では変わらずだが、ご両親を覚えていない』


 ………………………………。


『とはいえ…君は高頻度で彼に逢いに来てくれている。そうそう忘れることは無いだろう』


 ────────────。


『けれども、いつか。彼が君を忘れてしまったら、彼とはもう関わらない事。これは、君と彼の為だ』










 * * *











 あぁ……流石に2年も会わないと、忘れちゃうよね。

 それに、『閃光の歌姫』と呼ばれる私も知らない。

 私は何も知らない状態の彼に告白をした。

 それじゃあ、答えなんて貰えない。



「……ごめん、流行に疎くてさ。知らない人が居るのは意外だったかな?」

「ううん、そんな事ないよ…!そっか…断わられちゃったか…」

「俺も君を何も知らない。君も僕を何も知らない。それで付き合うっていうのは、あまり気が進まない…」

「…………そうだね」



 私は君を沢山知ってるよ……そう言いたかった。

私にあって彼にない記憶。

それを彼が気付いてしまうと、不安やストレスを与えてしまうというのが、担当の先生の言葉だった。


「───あれ?」


 汗をかきながら、大きな鞄を2つもぶら下げ、小柄でブカブカな制服姿の女の子が駆け寄ってくる。

その子へ、うちわを扇いであげる暁月くん。


「ありがとう~暁月くん~。2人でなにか話してる最中だった……よね?」

「別に大した話じゃないよ。ちょうど終わったところ」

「そっか、良かった〜」


 暁月くんに扇いでもらって、涼しそうにする彼女。

暑さで額から汗が流れてくる。

それどころか、体全体が蒸されて、とても暑い。

タオルを取り出して、顔を拭いていると、風が流れてきた。

パタパタパタ………。

近い位置から風がずっと流れている。


「暑いでしょ?俺達も帰るから、一緒に帰ろう」


 私に向けて、うちわで扇いでくれていた。

片手でもう1人に、もう片手で私に。

───記憶がなくても、する事は変わらない。

さり気ない気遣いが、彼の良い所。


「ありがとう……。じゃあ…一緒に……」

「暁月くん、ありがとう!はい、お返し!」

「おわぁぁ~~ありがとう~」


 暁月の手からうちわを取って、全力で扇ぎ返している女の子。

見ていると凄く仲が良さそう。

暁月くん経由で、彼女のことも知ろうと思った。


「ねぇ…貴方の名前は……?」

「えっ、私?あわわ……どうしよう、暁月くん。『閃光の歌姫』に名前を……」

「いくら好きだからって、挙動不審過ぎるよ。ひいらぎさん。えっと、彼女は1年3組の柊 心緑さんで、同じ陸上部の部員だよ」

「柊….…ここみ……」

「心に緑で『ここみ』…合ってるよね?」

「うん。あってる…!」


 二人して、私を見つめる。


「えっと…よろしくお願いします。柊さん」

「おわぁぁぁぁ!よろしくお願いします!」

「私の事は、廻里でいいですよ。『閃光の歌姫』…なんて、ずっと呼ばれるのも気恥ずかしいですし…」

「わかりました!」


 よっぽど、私のファンな柊さん。

この立場が無ければ、私はずっと友達なんて居なかった。

ううん…きっと、出来ない。

 だから、ずっと、思い焦がれてきた。

私の立場も気にせず、そのままでいてくれる彼を。

彼の願う夢を、叶える為に。

彼と同じ夢を、果たす為に。


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