第7話「昼」

 一限目はあっという間に時間が過ぎた。

HRの後半は文化祭のことに関してだった。

開催は10月上旬で、1年生は体育館でのパフォーマンス、2年生は演劇、3年生は出店で、後は部活毎にしたい事があればする感じだった。

部活の例としては、無難な部活体験。

普段触れないものに触れ体験させるもので、弓道や剣道、茶道、吹奏楽部等がよく当てはまる。

 後は展示系。

芸術部や写真部、工芸の授業で作る作品を教室に展示する。

地味でありながらも、静かな環境や趣味が合っていれば、興味深い場所。


 ”キーン…コーン…カーン…コーン……”


 チャイムが鳴る。

たちばな先生は黒板に今日の予定を書き記した後、出て行った。

 そこからはもう、恐怖だった。

終わるやいなや、教室の大半の人間が廻里さんを取り囲んだ。

中には寄ってから教室を出る奴もいたけど、結果的に人を増やして帰ってきた。

 質問攻めの嵐。

 ファンサービス的な動き。

あまりに有名過ぎると大変なんだなと、他人事のように考える。

───あと、その中にひいらぎさんも紛れていた。




 チャイムが鳴り、全員が席や教室に戻っていく。

2~4限目は学力テストで、国語、数学、英語の順。

頭は賢くないけれど、それでもやらなければいけない。

 これも、ちょっとした成績稼ぎにはなる。



 * * *



 4限目が終わっても、人は減ったけれど、まだ数人が取り囲んでいた。

4限目で終わりということは、午後はフリーだ。

遊ぶ約束をしている人間も多い。

 青春してるなぁ、なんて思いながら片付けをしていると、脇腹に何かが一点にめり込む。


「おわっ!?」


 目線を下ろすと指。

振り返ると柊さんが居た。

クスクスと笑っている様子。


「驚かさないでよ、柊さん…」

「あはは!あまりに気付かないから、ついつい…」

「それで、どうかしたの?」

「今日、部活はどうする?」


 今日は休み明けの学校初日。

大会を控えた部活以外は、ほとんど活動しない。

 でも、良い機会でもある。

野球部やサッカー部に支配されているグラウンドを使えるのだから。


「柊さんは何か予定あるの?」

「ううん、何も無いよ。だから、少しスタートの練習したい感じかな?」

「あぁ、いいよ。それくらいなら付き合える」

「………あ、もしかして、暁月くん。

部活服忘れた?」


 バレた。

 良い機会である事知りながら、やると言わなかったのは、今日は部活関係の物を持ってきてないからだ。


「その通り…。一緒には走れないや」

「そっかー…って、そうだよね。

今日は普通テスト終われば帰るよね」

「別に柊さんが悪い訳じゃないよ。

さぁ、グラウンドに行こう?」

「うん…!」


 机周りを確認した後、隣の席の集団を避けて教室の扉へ向かう。

扉を閉める時、ふとその集団に目が向かう。

その中心人物の青い瞳は、明らかに自分を見ていた。




 * * *




 半袖半ズボンの運動着に着替えた柊さんがやって来た。

時間は正午過ぎ。

日陰なんてなく、ただ燦々と太陽は俺達を照らす。


「何か気になる点でもあるの?」

「えっと、前に上手く出られないなーって思って…」

「1回、普段通りにやってみて」


 柊さんはクラウチングスタートをして、自分のタイミングで出ていった。

柊さんはピッチ走法で足の回転は早い。

常に一定の速度で安定して走れるので、記録としては早くも遅くもなくって感じになる。


「どうだった?」

「えっと、意識出来そうな点は3つあったかな」


 戻ってきて、再度クラウチングの姿勢をとる柊の足裏に、自分の足を滑り込ませた。

これで擬似的に踏切板スターティングブロックの代わりを務められる。

 高さの調節が出来ないけれど、走る側は力は入れやすくなる。


「柊さん、背筋伸ばして」

「うん」


 丸まっていた背はへこんでいく。


「セット」


 合図で柊さんが腰をあげる。

 そこで、止めさせた。


「腰が上がりすぎかもね。後ろの足も伸びちゃってる。それだと力が上に行くし、力も入りにくいと思うよ」

「こんな感じ…?」

「──もう少し下げていいと思うよ」


 柊さんの腰に手を添えて、支えながら位置を探る。

高すぎず低過ぎず、力が少しでも入りやすい場所。


「ここかな」

「ここ?」

「柊さん的にはどう?」

「……うん。さっきより前に力の方向が向いてる気がする」


 足先に掛かる負荷が先程より増した。

足が程よく曲がって、力も入りやすくなっている。


「後は、線より前に少しだけ体を前傾に…」

「前傾…前傾……おわっ!?」


 手に力を入れて、柊さんの腰を支える。

 分かってはいたけど、クラウチングスタートの手は基本的に指のみが地面に着いている。

それも線からはみ出ないように、前側に指は無い。

傾け過ぎると、体全体が前へ出てしまって顔面から地面へぶつかる。

 この姿勢を維持するのも、意外と大変だ。


「大丈夫?」

「う うん。ありがとう……」

「先に姿勢に慣れてからだね。よいしょ……」


 腕を引き寄せて、柊さんを持ち上げる。

柊さんも体をあげて、重心を後ろに下げてきた。

ただ、今度は重心が後ろに来すぎて、俺の方まで倒れてきた。

俺の胸で支えられる柊さん。


「あはは、柊さん軽いね。後ろまで来ちゃってるよ」

「──えへへ、ごめん。びっくりしすぎちゃった」

「前傾はやめて、背筋と腰の位置だけ意識しようか。それなら難しい事はしないし」

「うん。もう一度お願いします」


 再度、姿勢をとる柊さん。

背の丸みをへこませて、腰の位置も少し下げる。

手を叩くと、そのままスタートして行った。

僅かに前へ向かう速さは増していた。



 ──それを40分ほど続けた。

前傾を意識して転けそうになったり、3点ダッシュで腕振りの練習したり、砂を巻き上げられたりして、今日の部活は終わった。

 うちわを扇ぎながら、柊さんの着替えを待っていると、彼女がやって来て傍で立ち止まった。

帰っていない所を考えると、あらゆる誘いを断ったみたいだった。

人を引き寄せる青い目。

その目はまっすぐ俺を見ていた。


「暁月くん。私を覚えてない?」

「覚えているよ」


 廻里かいさと 伊愛いあ

覚えていないわけが無い。

脳裏に焼き付く一つの情景。

浮世離れした雰囲気と容姿。

金色の長い髪、白い肌、青い目。

夕暮れの光も相まって、文字通り目に焼き付いている。


「あの時はごめん。でも結局、答えは出ないかな」

「そう……」

「だって、俺なんかよりもっといい人居るでしょ?それに俺は、君の事は、あの時初めて知ったんだから」

「………待って…?」

「え?」

「私を……知らなかった……?」


 何か、おかしかった。

何かが噛み合ってないような、そんな感じだった。

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