第5話「朝」
──桜坂学園。
『春』の地域では珍しく、山に建つ学校。
『桜坂』の名前の通り、春には学校へ続く坂道には桜が咲き誇るし、『桜坂市』の名所たる場所。
しかし、山にあるのは高校の方で、山の麓に中学校がある。
中高一貫校のようで、少し違う。
中学校は近くの小学校に通っていた子と入試で入った子が混ざるし、高校にはそのまま上がってくる子と別の高校へ行く子、別の中学校から来る子もいる。
中高一貫校は狭き門なイメージがあるが、ここは結構出入りが自由な感じな学校。
中高一貫校というより連携のある学校だろうか。
そんな高校の、1年5組の教室、後ろの窓際の席に俺は居る。
この席はアニメやラノベとかだと、主人公が座るような席だが、ちゃんと理由はある。
1つ。視力が良いから必然的に後ろの席。
2つ。窓際なのは、4限目後に購買や食堂に向けて廊下を走るメンバーに譲っている為。
3つ。気温は極端だし、虫はよく来るしで、ここを嫌がる人が多い。
という感じ。仮にラノベの主人公達は、どうして、あの席に居るのかを聞いてみたいくらいだ。
──時間は7:55。
この時間は誰も教室にやってこないし、とても静か。
──時間は8:00。
この時間になると、部活してなくても通学が早い子が来たりする。
「おはよ~、朝早いね。──そうそう!テレビとかニュースで見たよ!9秒……なんだっけ。」
「おはよう。9秒10だよ」
「そうそれ!私が50m走ってる間に、暁月くんは100m走ってるんでしょ?やばすぎない?」
「あはは、やばいよ」
これ以降も、次々と通学して来た人達に話し掛けられる。
同じやり取りを何回しただろう、というのは考えず1人や集団を相手にする。
掛けられるのは賞賛や尊敬の声。
『あ 暁月くん!テレビで見たよ!凄かったね!』
『おめでとう!今度なんか奢るわ!』
『握手!握手!有名人だもんなー!』
しかし、テレビで放映されたのは、単なる俺の偉業だけでは無い。
『──なんで、賞状とか受け取らなかったんだろ』
『──澄ました顔が逆にムカつくな』
───8:30。
本鈴が鳴って、全員が席に着いていく。
いつもの奴は遅刻、俺の隣に居た生徒は噂じゃ、学校を辞めてしまったらしい。
本鈴が鳴り終わった頃に、
「おーし、今日は先に体育館で全校集会だー。廊下に出て並べー」
「「「はーい」」」
名簿順だと絶対に先頭になりがちな『あかつき』。
だから、俺は橘先生の後ろに居る。
体育館に向けて歩いていく最中、橘先生に喋りかけられる。
「暁月、部活動の賞状授与があるからな。ちゃんと出るんだぞ」
「はい」
「決意表明は事前に拒否出来たが、賞状となると無理がある。それに、大偉業の誕生を学校側が祝わないわけがないからな」
「分かってますよ。記念に賞状くらいは持っとかないと」
「よろしい」
* * *
全校集会はサクサクと進んだ。
夏休みは有意義に過ごしたかーとか、世間では今このような事が~とか、ためになるようでならないような校長先生の話。
でも、しっかり聞くと結構良いこと言ってたりもする。高確率で覚えてない。
あとは、生徒指導の先生が夏休み中にあった問題を話したり、休み明けで体調を崩さないように、という注意ぐらい。
賞状授与も夏休み中に部活動や交通安全ポスター等で結果を残した人が壇上に登り、名前と成果を公表された後、賞状を受け取るだけ。
大半は自分の知らない人だが、弓道部の先輩だけは知っていた。
その様子を同じ壇上で眺めて、同じように賞状を受け取る。
目立つ事が苦手な自分には、実に辛い時間だった。
* * *
席に座ろうとした瞬間、背中を叩かれた。
周りは続々と席に座って、座りながら雑談をしていた。
「チィース、暁月!おはよう!ついでに優勝おめっとさん!」
「………灰原か。おはよ」
朝には居なかった不良生徒。
これでも、中学からの知り合いだ。
耳にはピアス、毛先は金髪染めの跡、喧嘩上等なオラついた陽キャ的人間。
それがこの男、灰原 零士。
ちなみに友達という括りには昇格してない。
あくまで知り合い止まり、よくネットで流れ来るような、陰キャに陽キャが絡むような図だと思ってくれればいい。
「なんだよ~、その冷たい反応。人が祝ってやってるのに、嬉しくないってかぁ?」
「お前が朝から遅刻もせず、そっと寄ってきてくれればな。ほら、席につけよ。橘先生が来るぞ」
「ところがどっこい。先生が来るのはもう少し遅せぇよ~」
「なんでだ?お前が遅刻ばっかりするから、先生が怒られてるのか?」
的外れな回答が逆に嬉しいのか、興奮気味な灰原。
「おう、違うな!聞いて驚くなかれ。俺は遅刻して坂を登ってきていた、そこへ坂を走る閃光のように白い輝きに満ちた存在が駆けて行ったんだ!見たことも無いから転校生だよ!転校生!」
「で?その閃光のような転校生(仮)が、この教室に来るのか?」
「(仮)なんて言うなよ~。橘先生は全校集会の時、途中抜けしたんだ。体育館外で怒られていたから分かる話よ!」
「そうか。情報をありがとう。ほら、『席に着け』よ」
俺とハモるように『席に着け~』と言いながら入って来た橘先生。
灰原が遅れてくるというほど遅れていない。
灰原は興奮のあまり話し足りなかったのか、若干不機嫌な顔をしながら席へ戻って行った。
「えーと、全員居るな。今からHRでとりあえず配布物やお知らせ、文化祭の事を決めたりするんだが、その前にこの教室に新しい生徒が来る。紹介の場を設けさせてくれ」
灰原の言う通り、転校生が居て、この教室に入るらしいが、事前に情報があろうと無かろうと、大して驚きは無い。
静かな大人しい生徒なのか、ヤンチャな生徒なのか、個人的には静かであって欲しい。
「入って来ていいぞ~」
教室の扉が開かれる。
1歩。2歩。
教室に踏み込んだ瞬間に教室の空気が一変した。
男女問わず歓声と驚嘆をあげて、廊下を伝って他の教室にも聞こえる勢いの声量だった。
浮き世離れした、その容姿に見覚えがあった。
視界は白く眩むように、脳を麻痺させる。
白みを帯びた金色の長い髪。
白い肌。
青い目。
新品の制服。
スカートの下で主張する足の美しさ。
その姿に、あの光景をフラッシュバックさせる。
歓声も驚嘆の声も出ない。
ただ、その見た目に、思考を奪われてしまった。
「さぁ、名前を」
「──
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