第4話「希望」
出会ってから1週間程が経つと、喉の調子も戻って、話せるようになった。
それから3週間、2~3日毎にあの病室に通っていた。
親には『友達と遊んでくる』と言って、病院に訪れている。
ろくな友達が居ない私には、自虐になるような嘘だけど、でも実際は間違っていない。
暁月くんは私がしっかりと『友達』と呼べる存在だった。
「おかえり。廻里さん」
「ただいま。暁月くん」
学校終わりの放課後、鞄の中には学校の宿題が入っていて、来る時は暁月くんの病室でする事が多い。
暁月くんは同い歳なのに、凄く賢くて、教え方も上手だから、分からない事があれば聞いていた。
暁月くん曰く、今はもう高校生の範囲まで出来るらしい。
私は勉強が苦手だから、本当に凄いと思う。
「暁月くん、これどうやって解くの?」
「えっとね、ここは────」
私が何度聞いても、理解出来るまで教えてくれる。
先生よりずっと親しみやすくて、気楽に聞けて、不思議と私は思ったより、ずっと、彼に惹かれていた。
「っていうのが由来なんだって~」
「そうなんだ。初めて知ったよ!」
「………ふふっ!嘘だよ~!」
「ええ!?嘘なの!?」
暁月くんはこっちも驚くくらい純粋というか、真面目というか、嘘を言っても疑わない。
だから、後々罪悪感があって、嘘をつくのを控えた。
それくらい、純粋に受け取ってくれて、正直に答えてくれる。
言葉に裏表が無いから、凄く心地良かった。
宿題が終えても夕方の6時ぐらいまで居座ってしまう。
それくらい、彼といるのが楽しかった。
「そろそろ帰るね、バイバイ」
「うん、バイバイ!」
彼といる日は、宿題はずっと早く終わるし、ずっとよく学べるし、それでいて、ずっと早く時間が過ぎてしまう。
中学生になっても、周りと馴染めない今の私に、希望の光を見せてくれていたのは暁月くんだった。
* * *
『春』の地域に引っ越して、一週間が経った。
夏休みが終わり、今日から学校が始まる。
そんな朝から、私は大慌てだった。
今住んでいるマンションから学校まで30分掛かる事をあらかじめ調べてはいたけど、8:30には保健室に訪れて欲しいとの事。
だけど、起きたのは7:55。
飛び起きて、片手に髪を解きながら、もう片手に朝食用のコンビニのサンドイッチを咥える。
髪を解き終えたら、咥えていたサンドイッチを食べ尽くしてもう一個食べる。
食べながら水をコップに注いで、食べ終えたと同時に水を流し込んで、。洗面所に駆け足で向かう。
歯磨きをして、口をゆすいで、顔に水を浴びせて、顔を拭く。
前日に準備していた鞄を手に取って、玄関前の立ち鏡に向かい合う。
「───よし!」
時間は8:09。
私の学校への登校初日は、こんな感じでドタバタな始まりだった。
──制服はどうしたのって?
実は昨日、試着してみてそのまま眠ってしまったから、着る手間が省けた。
若干、制服がシワシワだけど、これから走る事を考えると、気にしてはいられない。
玄関を勢いよく開けて、鍵を閉めて、学校に向かった。
* * *
駆け足で坂を登る。
先に見える学校の時計は8:28を指していた。
予鈴が8:25だからか、通学路には時間内に登校を諦めた人が数人、ゆっくりと歩いている。
体力に自信はあるけれど、ここまでずっと走ってきて、そしてこの坂だから流石に疲れた。
それでも、諦めずに駆け足で登り続けた。
人気が少なく、誰もが時間内の登校を諦めている坂で私は余計に目立った。
『あれ……』
『うそでしょ?』
『マジ?そんな事ある?』
そんな微かな呟きの声も、私にはハッキリ聞こえる。
──もう、聞き慣れた。
校門前の先生に辿り着く。
時間はギリギリ間に合わなかった。
着いたと同時に本鈴がなってしまった。
「休み明け初日から遅刻とは…ほら、名前を言いなさい」
「すみません……1年5組、
「えーと…かいさと、かいさと……ん?かいさと?」
先生は顔を上げて、私を見た。
「……あぁ、なら保健室に行きなさい。遅刻は良くないが、走って来たのは見えていたからね。でも次からはダメだよ」
「はい、ありがとうございます」
先生の横を通って、学校に入っていく。
保健室と表記された部屋に入って朝の挨拶をした。
3人の優しそうな先生から返って来る挨拶と、この後の予定を軽く教えてくれた。
「いつもなら8:30からHRですが、先に全校集会をしてから一限目終わりまでHRです。全校集会の間に担任の先生がいらっしゃるので、待っていてください」
「分かりました」
…………担任の先生を待つこと、15分。
静かな保健室に白衣の先生がやって来た。
「……話は聞いていたけど、変な縁があるね」
「?」
「いいや、何でもないさ。悪いね、遅くなった。廻里 伊愛さんだね?」
「はい。よろしくお願いします」
先生はポケットから飴玉を取り出すと、渡してくれた。
味はアップルだった。
「あ、ありがとうございます」
「簡単な自己紹介をさせて貰うよ、私は
白衣と言えば、という感覚はあったけれど、その通りだった。
パッと見で人相が分からない不思議な感覚を纏っている感じがある。
これは完全に私の理系の先生に対する偏見だ。
「そして、陸上部の顧問をしている。とはいえ、大したことを教えられないがね」
橘先生が発した3文字。
『陸上部』その単語に、私は恵まれていると感じた。
何せ、陸上部の顧問の先生なら、彼に会える可能性があるからだった。
着実に近付いている。
彼に、もう一度、会える。
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