第3話「熱」
今、徐々に徐々に話題を広げている
あと2時間もすれば、日付けが変わる程に世界は深い闇に包まれています。
そんな中で、
「柊、目的のサービスエリアまでは、まだ時間がかかる。眠っていればいいさ」
「いえ…夜な夜な運転してもらっているので、なんだか申し訳なくて……」
「君は律儀だね。まぁ、眠気が無いなら着いてから、休めばいい」
一定間隔で流れる照明の光と静かな車の走行音。
──落ち着きを与える安らかな世界。
レーンの端で追い抜いていく車やトラック。
──目に新しさを与える光景。
小さな車で狭い車内の空間。
──一人の男の子の寝息。
緩やかなカーブで体が倒れる。
暁月の身は柊にもたれかかった。
「──爆睡だな」
「───そうですね」
緩やかカーブが終わり、また真っ直ぐな道へ。
状態は変わらず、暁月が柊にもたれかかったままでした。
「───別に目を瞑ってあげるから、手を出してもいいぞ」
「ひゃい!?」
「───………?………───」
柊の体が強ばった反動が暁月に伝わり、僅かに暁月自身が動いたものの、すぐに眠ってしまった。
バックミラー映るのはニヤニヤと笑う橘先生。
「はは、冗談だよ。目の前で青春なんかされたら、こっちが寂しくなる。やるなら目立たないところでやってくれ~」
「や やりませんよ…!暁月くんに悪いです…!それにちゃんと目を開けて運転してください…!」
「あはは、本当に目は瞑らないよ…!」
ケラケラと笑う橘先生と静かに座席へ手を置く柊。
ジリジリと暁月へと忍び寄っていた柊の右手は橘先生の偶然によって止められ、薄暗い車内の中、柊の顔は赤く染まっていました。
耳を澄まさなくても聞こえる寝息。
呼吸と共に流れてくる暁月の香り。
夏の暑さとは違う肌への熱の伝わり方。
夢にも漫画にもアニメでも見たようなシチュエーションに柊の心臓は鼓動を早めていました。
「にしてもだ、柊」
「は…はい?」
「本当に驚きだな。陸上競技部が無かった学校から、陸上競技界に旋風を巻き起こした人間が生まれた。それに私たちは付き合ったというのは、凄い経験だと思わないかね?」
「─はい。凄い経験です。それでいて同じ世代、同じ学校、同じ学年、同じ時を過ごしているんですから、多分これ以上にない経験ですね」
このまま暁月の記録が破られなければ、それこそ二度とない経験です。
記録だけなら何十年も大会に足を運べば、立ち合うことは出来るかもしれませんが、その人間の生活に関わっているとなると、希少性はまるで違います。
例えるなら魔王を倒した勇者達の裏話。
物語では『勇敢』と語られながら、真実は『臆病で苦しんでばかり居た』なんていうのを勇者に付き添った人のみが知る事のように。
そんな瞬間に今、2人は立ち会ったのです。
それでいて、陸上競技部の立ち上げにも関わっているのですから、今後部員が増えれば尚更価値も上がることでしょう。
───────────────
「え?陸上部は無いんですか?」
──それは入学して間も無い頃。
部活動紹介等や部活動一覧を見たけれど、『陸上競技部』が無かった。
だから放課後、担当の先生に聞きに行った。
結果として、陸上部は無くて、土地も用具も無いから大したことが出来ないのだそう。
1つ、その先生はおかしな事を言った。
「部活動……とは呼べないけど、よく部活動の時間帯に1人で黙々と走っている子がいるよ。中学の頃も部に所属せずに走ってたね」
その先生の認識的には『走りたいなら一緒に走ればいい』的な感覚だったと思う。
それはそれでなんだか、イヤな感じだったけど、個人的に市のスポーツクラブに入っていて、部活動の時間を利用して練習しているなんていう可能性もある。
一度考え直すために、職員室を後にした。
* * *
学校の通学路であり、この学校と市の名所『桜坂』。
長い坂に連なるように桜の木が植えられていて、道は散った桜の花びらで埋め尽くされる。
そして、長い坂という事もあって、運動系の部活動には良い練習場所になると思う。
朝練で坂ダッシュをしているのを時々見かけたのが証拠。
坂を下りながら桜の木、道の桜の絨毯に気を取られていると、坂の下から人影が走ってくる。
黒い服で、眼鏡をかけた人が走ってくる。
一定の距離を登ったからか、駆け足で坂を下る。
髪が束ねられていて、女の子のような人だった。
ただ、近付くにつれて、体格が男の子だと気付いた。
それでいて一人で黙々と走っている。
この人が先生の言っていた人なのかなと思った。
もう一度、坂を駆け上がって来て、真横を通り過ぎる。
走りのフォーム、スピード、足の運び方等は明らかに陸上をやっていないと意識しない体の使い方だった。
特定の場所まで行くと折り返してきた。
そこで、私は声を掛けた。
「あ あの……!」
男の子は徐々に歩くスピードを落として、立ち止まった。
「──何か?」
地味で冷たそうな雰囲気。
1人で走るのを楽しんでいるのか、孤高の存在なのか、ただ集中していたのか、色んなものがこんがらがって口を閉ざしてしまった。
──けど、本当に冷たく感じたのは最初の方だけだった。
この後、落ち着いた雰囲気で暁月くんはゆっくりと話を聞いてくれた。
これが私と暁月くんの出会い。
桜の舞う空間で初めて顔を合わせるなんて、今思うと恥ずかしいようで嬉しいようで凄い出会い方だった。
─────────────────
「ん…………」
「お、丁度よく起きたな。寝起きで悪いが柊も起こしてくれないか」
目を擦ってから眼鏡をかけて周りを見ると、サービスエリアに入ったばかりだった。
そして、隣には俺にもたれかかっている柊さんが居た。
「柊さん、起きて」
「んぁ……」
肩を指先で軽く叩くと、柊さんはゆっくり起きた。
眠りが深かったようで申し訳ない。
「ひーいーらーぎー。おーきーろー」
「……!─お─てます、起きてますよ!」
橘先生の言葉で覚醒したのか、一瞬で姿勢が治った。凄い。
時間は日が変わる13分前。
結構熟睡してしまったけど、後で寝れるかな…。
「温泉があるサービスエリア。寛げるスペースもあるから、車中泊しなくていい。いやー良いね。行きと違って贅沢だ」
長い運転で橘先生も疲れが溜まっているようで、この後に待つ贅沢に声がウキウキだった。
「運転ご苦労さまでした。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「はいよ。先に温泉入ってからご飯を食べるか」
夏休み終盤。
大した思い出がない夏休みに、また1つ思い出が増えた。
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