第2話「名前」
運命の出会い。
そういう素敵なものが、この世にあるのか不思議だった。
私は産まれた時からその容姿と声で、持て囃されてきた。
銀にも似た白い髪。
白い肌。
人形のようによく出来た顔。
スラッとした輪郭。
透き通る声。
それらを良いとも、悪いとも思わなかった。
言葉には表と裏があって、私はその両方を知っているから。
綺麗と言われる反面、妬ましく思われたり。
凄いと褒められる反面、目の敵にされたり。
12歳にしては、随分と人や世間を知った気がしていた。
それでいて皆、私の外側しか見ない。
容姿も相まって必然と距離があって、私に友達は居なかった。
私が13歳を控えたある日、喉が枯れてしまった。
声が出にくくて、しばらく通院する事になった時の事。
大きな病院があまりにも珍しいから、探索に出掛けた。
私はそこで、出会った。
その出会いは、本当に素敵なものだった。
その特徴は一言で言うなら、女の子。
ベッドに腰掛けて、外を眺めていた。
腰まで伸びた髪。
──窓から流れる風で、なびく髪。
華奢な体。
──まるで磨かれた宝石。
整った顔。
──哀愁漂う大人しめな雰囲気。
思えば、初めて、人の美しさに嫉妬したと思う。
「君は……?」
「あ…………い………」
喉が上手く働いてくれない。
言葉を送り出せない。
まるで、穴の空いた風船を膨らませるような感じ。
もう一度、喉を労わりながら、何とか名前だけでも答えた。
「い………あ………」
「い……あ……?いあさん?は喉が痛いの?」
首を縦に振って頷く。
「待ってね、何か書くもの渡すよ」
その子は、凄く大人びていた。
見た目の割には意外と歳上なのかも。
「はい。どうぞ。名前書いてみてよ」
スケッチブックとペンを渡されて、私はそこに名前を書いて見せた。
もちろん、ふりがなも付けて。
「『
『あなたの名前は?』と書こうとして、止めた。
ベッドの所に名前があったのだ。
『暁月 夜花』、それがこの子の名前らしい。
それでスケッチブックにペンを走らせる。
「『暁月って苗字も珍しいと思う』…あはは!言われてみれば珍しいね!」
ここから、私達の奇妙な縁が繋がって行った。
珍しい名前と珍しい見た目をした2人が偶然にも会ってしまった。
それは、その時は気付かなかったけど。
『運命の出会い』なんじゃないかなって思った。
* * *
「それで、目当ての男の子には会えたのかな」
「はい。会えましたよ」
日が沈んだばかりの高速道路を走る車内。
全国高等学校陸上競技対校選手権大会、通称インターハイとか高校総体と呼ばれるものを私は見てきた。
マネージャーさんが車内で流すラジオ、インターネットの記事、あらゆるメディアが彼の事を取り上げていた。
『世界最速の高校生 誕生!』
『世界最速の高校生が話題 態度が悪い?』
『世界最速の高校生 ドーピングの疑い?』
けれども、大偉業とは裏腹に悪いイメージが根付いていた。
純粋に祝う事もあれば、真偽の分からないものを書き、目次だけで悪い印象を植え付けるような記事。
それが凄く嫌いだ。
「君が突然、陸上になんか興味を持つからびっくりしたよ。まだ開催地域が近かったから道中寄れたけど、遠かったら無理だったなぁ…」
「ごめんなさい。無理を言ってしまって」
「いいよいいよ。君が熱心になる事は少ないから、熱があるうちに応えないとね」
トンネルに入って、ラジオやネットの情報が一時的に遮断される。
流れるトンネルの明かりを目で追っていると、マネージャーさんが話しかけて来た。
「『暁月 夜花』…初めて聞いた時は女の子かと思ったけど、男の子なんだね」
「はい。私も、初めて男の子だと気付いた時はびっくりしましたよ」
私も気付いたのは、少し後になってから。
あまりに綺麗な顔立ちと黒髪だから、私ですら嫉妬するほどに女の子の容姿だった。
「そんな子が世界最速。不思議なことはあるものだね」
「そうですね」
* * *
トンネルを抜けると冬空市に着いた。
20時のライブには間に合いそうだ。
ここは年中比較的冷たい気候の地域で、真夏の夜でも涼しいくらいには温度は低い。
だから冬場は氷点下まで下がるし、大雪で有名な地域。
このもっと奥の冬天市は、もっと寒くて雪も凄いけど、ある種、神秘的だなんて言われてたりするくらいに雪景色は凄い。
だから外で大きなイベントを開くのは春か夏だけになっている。
「一応車の後ろに、毛布とコートがあるから寒かったら羽織ってね」
「はい。ありがとうございます」
高速道路もあと僅か。
外の景色は一面の山から工場や住宅等の建物が増えてきた。
「こうやって気軽にここに来れるのも最後だね」
マネージャーさんはそう呟く。
「今度からは新幹線とかバスにしないといけないですね」
「そうだね。ただ君は目立ってしまうから、モノは試しで使ってみて、何ともなかったら良いんだけど…」
「何かあったら、またお願いしますね?」
「あはは!『春』の地域から『冬』の地域まで車で?中々にしんどい事をさせるね」
私はこのライブが終われば、一人暮らしをする。
地域も今住む『秋』じゃなくて『春』へ向かう。
「でも…本当に一人で大丈夫かい?ご両親は凄く不安そうだったよ?」
「大丈夫ですよ。もう私も16歳です。ある程度の事は1人で出来ます」
「おぉ…それは……すごいね…」
『春』の地域に行く理由。
それは、今日会った男の子と再度出会うためだ。
『閃光の歌姫』として地域に出向くのではなく、『廻里 伊愛』という女の子として。
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