第5話 第106回天皇賞(秋)(G1)&第12回ジャパンカップ(G1)(国際G1)

 春の天皇賞を勝ったメジロマックイーンも骨折、宝塚記念どころか秋競馬全休と発表された。トウカイテイオーは比較的軽微な故障であったため、秋の天皇賞での復帰となる。

 舞台は東京競馬場・芝2000m。前年の秋の天皇賞ではメジロマックイーンが1位入選したものの、斜行により18着へと降着。物議を醸した。俺もメジロマックイーンから買った馬券がゴミになったので、よく覚えている。父のシンボリルドルフも秋の天皇賞はギャロップダイナの2着に敗れていた。

 距離はトウカイテイオーが得意な距離とも言えるのだが、秋の天皇賞は荒れるイメージの方が強い。ましてや故障による休養明け。体調は万全か?前走での初敗戦は影響ないのか?様々な憶測が飛び交う。メジロマックイーンも不在。これといった有力馬もいない。蓋を開けてみればトウカイテイオーが一番人気となっていた。順調ならば、メンバー的にトウカイテイオーの敵はいない。ただ一般の競馬ファンにはトウカイテイオーの体調など、わかるはずがない。新聞などに載る関係者のコメントから想像するだけだ。コメントは比較的強気な内容だった。

 俺の予想は「トウカイテイオーは万全」と結論付けた。希望的観測なのは自覚している。そもそも新聞コメントの裏を読むような老獪さは、年齢的にも経験的にも持ち合わせてはいなかった。

 トウカイテイオーから相手を絞り切れずに、幅広く馬券を買うことにした。


第106回天皇賞(秋)(G1) 1992年11月1日 4回東京8日目10R 4歳以上オープン 18頭(芝左2000m / 天候 : 晴 / 芝 : 良)結果

1着 1枠 2番 レッツゴーターキン大崎昭一騎手 1:58.6  ━   11人気

2着 6枠 12番 ムービースター  武豊  騎手 1:58.8 1.1/2馬身 5人気

3着 4枠 7番 ヤマニングローバル河内洋 騎手 1:58.9 1/2馬身 15人気

 …

7着 7枠 15番 トウカイテイオー  岡部幸雄騎手 1:59.1  ━  1人気

払い戻し

単勝  2番  3,420円 11人気

複勝  2番  790円  9人気

    12番  470円  5人気

    7番  1,410円 16人気

枠連 1‐6  1,940円 3人気

馬連 2‐12  17,220円 4人気


 メジロパーマーとダイタクヘリオスが先頭を競り合った結果「殺人的ハイペース」となり、先行勢は総崩れ。トウカイテイオーも先行していたため、最後の直線では馬郡に飲まれた。体調もあるのだろうが、展開が向かなかったのだろう。7着は惨敗である。俺の馬券も惨敗であった。


 この惨敗を機に、俺は馬券の買い方を見直した。条件戦では儲かるのに、G1になるとなぜ外れるのか?検証の結果、実は馬券の買い方に大きな違いがあった。

 元々俺は「本命党」ではない。かと言って、大穴狙いでもない。他人が見落としている「実力はあるのに人気がない馬」を見つけ出して、中穴を当てていくスタイルだ。中岡の穴馬理論「穴馬というのは人気でコケて人気を落としてから来るから穴馬」を馬券に反映させている。

 条件戦に使う予算はわずかだ。よって条件戦の馬券は多くても5点までに絞る。一方G1になると「当てたい」という意識が強くなる。予算も多めにするため、買い目が増えてしまっていた。ガミるのが嫌いなので、上位人気は消す傾向にある。結果「G1は当たらない」のであった。

 G1も条件戦も同じ競馬。馬券は勝率ではない。回収率だ。10回中7回当たっても赤字では意味がない。10回中1回しか当たらなくても、収支がプラスであれば「勝ち」なのだから。手広く10点も買っていては回収率が下がる。大穴狙いならばいいが、俺が狙うのは10倍から30倍ぐらいの馬券。10点も買っていては2回に1回は当てないとプラスにならない。しかし2回に1回も中穴が来るとは限らない。いかに買い目を絞るか、が勝負の分かれ目となる。買い目を絞れば10倍以下の馬券も押さえられし、1点の金額も張ることができる。額が大きければ、配当も大きい。

 買い目を絞るようになった俺はダイタクヘリオスの勝ったマイルチャンピオンシップを、5点でしっかりと仕留めて気を良くしていた。


 迎えたジャパンカップ、舞台はダービーと同じ東京競馬場芝2400m。外国からの招待馬が参戦するジャパンカップは、中岡からも「超難解なレース」と教えられていた。外国馬の取捨が難しいのである。前年は外国馬が上位を独占。日本馬最上位のメジロマックイーンが4着に沈んでいる。勝った外国馬も7番人気のゴールデンフェザント。外国馬の人気も実力も全く当てにならないレースであった。

 加えて本年からジャパンカップは国際G1と格付けされ、外国馬7頭全てが重賞勝利していた。それまでの外国馬は「東京観光」とか「物見遊山」などと揶揄された馬もいたのだが、今回は全馬本気。イギリス、オーストラリア、アメリカの有名G1を制した馬たち。当時史上最強の名馬がそろったと言われたレースとも呼ばれた。

 迎え撃つ日本馬の代表格はトウカイテイオー。しかし上位人気は全て外国馬が占め、前走の惨敗の影響かトウカイテイオーは5番人気に留まる。

「わかるか!こんなの!!」

 外国馬のどれが来てもおかしくないし、どれがコケても納得できる。ただ一つ俺の中で決まっていたことはあった。

「トウカイテイオーは買いだ」

 春の天皇賞でトウカイテイオーが過剰人気になり、秋の天皇賞も過剰人気だった。俺の中でトウカイテイオーが、中岡の穴馬理論の「穴馬というのは人気でコケて人気を落としてから来るから穴馬」になっていたのである。今回のジャパンカップで見限ったのでは、今までのトウカイテイオーに夢を見ていた意味がなくなる。史上最強のメンバーでトウカイテイオーが勝つことこそ、ロマンではないか。

 問題は外国馬の取捨だ。そこがさっぱりわからなかった。外国馬総流しというわけにもいかないし…競馬新聞の白いところが無くなるほど、赤ペンで〇だの×だの数字だのが書き込まれていった。

 ギリギリまで悩んで5点に絞ったのだが、今となってはどんな根拠で何を買ったのかは覚えていない。


第12回ジャパンカップ(G1)(国際G1) 1992年11月29日 5回東京8日目10R 4歳以上オープン 14頭(芝左2400m / 天候 : 晴 / 芝 : 重)結果

1着 8枠 14番 トウカイテイオー  岡部幸雄騎手 2:24.6  ━   5人気

2着 5枠 7番 ナチュラリズム   Lディットマン騎手 2:24.7  クビ  2人気

3着 6枠 9番 ディアドクター   Cアスムッセン 騎手 2:24.8 1/2馬身 4人気

払い戻し

単勝  14番  1,000円 5人気

複勝  14番  350円 7人気

    7番  230円 2人気

    9番  260円 3人気

枠連 5‐8  2,290円 13人気

馬連 2‐12 4,890円 21人気


 「やったー!」

 トウカイテイオーがナチュラリズムとの叩き合いを制し、日本馬初の国際G1勝利。俺はテレビの前で両手を上げて歓喜した。

 「4,800円もついたのか」

 ホクホク顔で、俺は午前にWINSで買った馬券を確認したのだが…

 「ない」

 思わずモロボシダンのようなセリフを吐いていた。




 「2番人気、蹴っちゃったの?」

 後日、中岡から言われた。中岡はトウカイテイオーを外していたので馬券もハズレだ。でも俺の様に凹んではいない。切り替えが早いというか、まあドライな男だ。俺にも2番人気を買わなかった理由の説明ができない。強いて言えば、買い目を絞ったが故の「抜け目」ということになるのだが。

 「だったら単勝買えば?」

 「単勝は面白くない…」

 中岡の提案に、俺は俯いて反論する。元々中穴党の俺なのだ。トウカイテイオーの単勝なんて、よくて3倍。2倍以下がほとんどなのだから。

 「でもさ~。単勝1点買いなら2倍でも、5点買いの10倍と収支は同じだけど?」

 「!!」

 思わず「目から鱗」だ。さすが中岡。俺の競馬の師匠。

 俺は5点買いに絞ってから、10倍以下の馬券も押さえている。ジャパンカップだってトウカイテイオーの単勝なら10倍だったのだ。5点買いの50倍と、1点買いの10倍は同じ回収率だ。俺の買い方は5点とも同じ金額なのだから。

 とはいえトウカイテイオーの単勝が10倍つくなんて、今後よほどのことがない限りはあり得ないだろう。同じくトウカイテイオー絡みで50倍も、余程の人気薄を連れてこないとあり得ない。…シャコーグレイドを連れてきた皐月賞の様に。いくら何でも5点であの時のシャコーグレイドは引っかからない。絶対の自信があるなら、単勝1点買いの方が利口なのか。

 俺の心は決まった。次走は暮れのグランプリ「有馬記念」だ。トウカイテイオーの単勝を買おう。ブラック零細企業だが、一応ボーナスは出る。2倍に増やして彼女のプレゼント資金にしてやるぞ。

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