第4話 第36回産經大阪杯(G2)&第105回天皇賞(春)(G1)


 トウカイテイオーの休養中、俺も随分と変わった。


 高校卒業して大学生になった友人たちは、キャンパスライフに勤しんで俺とは遊んでくれなくなった。中岡とはたまに会ってはいたが、ヤツもそれなりに忙しい。何よりも精力的に小説を書き続ける中岡の姿に触発され、俺も本格的に漫画を描きたくなっていた。

 出版社に持ち込みなどできないヘタレな俺は、漫画を描くサークルに入会した。晴海のコミケに出展もする、所謂「同人サークル」というヤツだ。同人誌デビューだった。

 ここでエロサークルとかに入っていたら別の人生を歩んでいたかもしれないが、俺は女性が代表のサークルに入会した。つまらないプライドがあって、どうしても「オタク」にはなりたくなかったのだ。当時のオタクといえば、変人の部類に等しい。まだまだ漫画好きの一般人でいたかった。もちろん下心がないわけでもなかったのだが。

 入会した女性代表のサークルはイラストがメインで、がっつり漫画を描きたい俺とは反りが合わなかった。合わなかったのだが、俺には辞めない理由があった。

 代表の友人の帰国子女が可愛かったのだ。「一目惚れ」というヤツだ。帰国子女というのはハーフとかクォーターとか外人の血が入っている人のことだと思っていたのだが、両親が生粋の日本人でも海外で産まれた子は日本に帰ると「帰国子女」になるらしい。彼女から説明されて初めて知った。彼女の両親も日本人ということだが、どこか外国の血が入っているんじゃないかと思われるぐらい顔は整っていた。名前はカタカナで「ローザ」と日本人らしくはなかったので、てっきりハーフだと思っていた。

 ヘタレな俺だったが勇気を出して‘91年の秋に告白。返事は待たされたが、クリスマスにOKを貰い付き合うことになった。彼女の誕生日は1月1日で、毎年クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントをいっしょにされていたそうだ。俺は「ちゃんと別々にプレゼントを用意する」と心に誓った。

 そんな訳で俺にもようやく彼女が出来たのだ。紆余曲折はあったが、中岡にも協力してもらった。我が世の春と言っても良かった。


 競馬もそこそこ当たるようになった。どういうわけかG1の勝率はよくなかったが、収支はプラス。メインレースや重賞だけでなく条件戦まで手を出すようになり、条件戦の勝率が良かった。万馬券も仕留めたことがある。

 G1レースは尽く外しまくっていたが、唯一トウカイテイオーのいない菊花賞だけはしっかりと3点で仕留めることができた。トウカイテイオーが出走していたら、レオダーバンの3馬身先でゴールしていたのではないかと夢想してしまう。


 第52回菊花賞(G1)  1991年11月3日 7回京都2日目10R 4歳オープン18頭(芝右 外3000m / 天候 : 晴 / 芝 : 良)結果

 1着 8枠 18番 レオダーバン  岡部幸雄騎手 3:09.5  ━   3人気

 2着 4枠 8番 イブキマイカグラ南井克己騎手 3:09.7 1.1/2馬身 1人気

 3着 5枠 10番 フジヤマケンザン小島貞博騎手 3:09.7  ハナ   8人気

 払い戻し

 単勝  18番  560円 3人気

 複勝  18番  200円 2人気

     8番  170円 1人気

     10番  440円 8人気

 枠連 4‐8  650円 2人気

 馬連 8‐18 1,200円 2人気



 そして1992年(平成4年)春。いよいよトウカイテイオーが復帰する。

 鞍上は今回からトウカイテイオーの父、シンボリルドルフの主戦ジョッキーだった岡部幸雄に乗り替わることとなった。ルドルフの果たせなかった海外挑戦を踏まえてのことらしい。ここから新たなトウカイテイオー伝説の幕が開けるのだ。

 復帰戦の舞台は阪神競馬場、芝2000m、産經大阪杯G2。8頭立てながらも骨のあるメンバーが出揃った。

 同世代のライバルであるイブキマイカグラを筆頭に、前走14番人気ながら有馬記念を制したダイユウサク。「これはびっくり、ダイユウサクだ!!」の実況は有名だ。さらに古豪ホワイトストーンに、女傑イクノディクタス。トウカイテイオーにとっては他の世代との初対決となり、休み明けとはいえ実力を測る絶好の試金石。

 当時、関西の重賞はG1以外全国発売にはなっていない。電話投票でなら馬券を買うことができたが、俺の知り合いで電話投票権を持っている人はいなかった。馬券を買わずにテレビ観戦となる。


 第36回産經大阪杯(G2) 1992年4月5日 2回阪神4日目11R 4歳以上オープン 8頭(芝右2000m / 天候 : 晴 / 芝 : 良)結果

 1着 2枠 2番 トウカイテイオー岡部幸雄騎手 2:06.3   ━   1人気

 2着 3枠 3番 ゴールデンアワー岡潤一郎騎手 2:06.6 1.3/4馬身 6人気

 3着 5枠 5番 マミーグレイス 田島信行騎手 2:06.9 1.3/4馬身 5人気

 払い戻し

 単勝  2番  130円 1人気

 複勝  2番  110円 1人気

     3番  280円 5人気

     5番  280円 6人気

 枠連 2‐3 1,380円 5人気


 トウカイテイオーの圧勝だった。ほとんど馬なりで鞭も入れず。初騎乗だった岡部ジョッキーの「一杯になるという感じがなく、地の果てまでも走れそう」という嬉しそうなコメントが注目されていた。

 有力馬は3着にも入れていない。中岡の言っていた「強い馬は穴馬を連れてくる」が実証された形だ。俺ならゴールデンアワーが買えただろうか?いや、買っていたに違いない。ちゃんと予想しておけばよかった。


 これで次走が楽しみになってきたぞ。春の天皇賞3200m。現役最強馬とも言えるメジロマックイーンが待っている。

 とはいえ天皇賞が近づくにつれ、俺は悩みを深くしていった。トウカイテイオー対メジロマックイーン。周囲は「二強対決」と盛り上がる。…だがしかし。

「トウカイテイオーが一番人気か…」

 実績で言えば明らかにメジロマックイーンの方が上だ。春の天皇賞の舞台は京都の芝3200m。メジロマックイーンの芝3000m以上の成績は、菊花賞と去年の春の天皇賞の二つのG1を含む5戦5勝とパーフェクト。一方のトウカイテイオーはダービーの2400mまでしか経験がない。血統的には同じパーソロン系なのだが、マックイーンの父メジロティターンが長距離タイプなのに対しシンボリルドルフは中距離タイプだ。実績でも血統でもトウカイテイオーの分が悪かった。

 俺は競馬の神髄とも言える血統も、予想のファクターに加えていた。血統というのは難しい。しかしゲームでならば楽しく覚えることが出来る。’91年12月にダビスタが発売されたのだ。俺はA社の「ベストプレープロ野球」が大好きで嵌っていたのだが、ダビスタは同じシリーズの競馬版。発売日と同時、まだ評判になる前からに手に入れて遊んでいた。中岡にも教え、お互いに「こんな強い馬が出来た」と自慢しあっていた。今でこそよくあるシミュレーションゲームなのだが、当時としては画期的であった。ダビスタは俺にとって遊びながら学べる、競馬のバイブルとなっていた。


 トウカイテイオーがメジロマックイーンを差し置いての一番人気。明らかな過剰人気だ。客観的に見れば危険な人気馬。「蹴って美味しい人気馬」となる。

「強い馬は穴馬を連れてくる」理論で言えば、俺の予想において負けるのはトウカイテイオーの方だ。強い強いメジロマックイーンを負かそうとトウカイテイオーが並びかける。しかし距離が持たずに失速。トウカイテイオーは後ろから来た馬にも差され、馬郡に沈む。…俺の目にはレース展開が見えていた。ここまで無敗のトウカイテイオーの惨敗。心情的には認めたくない…のだが。

 競馬はロマンだ。しかし馬券はロマンじゃ当たらない。これが野球やサッカーなどのスポーツであれば、無条件に応援すればいい。馬券という存在が競馬を悩ましくさせている。…困った。

 悩みに悩んで、俺はトウカイテイオーから馬券を買った。メジロマックイーンが連対を外すなど、長距離の天皇賞・春ではあり得ないのにマックイーンを外した。俺の中の冷静な馬券師は「トウカイテイオーが負ける」と警告を発している。しがない給料から馬券代を捻りだしているのだ。バブルとは無縁の零細ブラック企業に勤めている俺に、例え1000円でも無駄遣いをする余裕はない。彼女とのデート代ですら四苦八苦している俺なのに「トウカイテイオーに負けてほしくない」との心情から、99%外れるとわかっている馬券を買った。願わくば俺の予想を裏切るほど、化け物じみた強さを見せつけるトウカイテイオーであってほしい。…俺は若かった。



 第105回天皇賞(春)(G1) 1992年4月26日 3回京都2日目10R 4歳以上オープン 14頭(芝右 外3200m / 天候 : 晴 / 芝 : 良)結果

1着 4枠 5番 メジロマックイーン武豊  騎手 3:20.0   ━   2人気

2着 5枠 7番 カミノクレッセ  田島信行騎手 3:20.4 2.1/2馬身 4人気

3着 5枠 8番 イブキマイカグラ 南井克巳騎手 3:21.3  5馬身  3人気

 …

5着 8枠 14番 トウカイテイオー 岡部幸雄騎手 3:21.7   ━    1人気

 払い戻し

 単勝  5番  220円 2人気

 複勝  5番  120円 1人気

     7番  280円 4人気

     8番  270円 3人気

 枠連 4‐5  770円 3人気

 馬連 5‐7 1,570円 4人気


 トウカイテイオーはメジロマックイーンに直線で並んだものの、最後にタレて後続の馬に差されていた。俺の完璧な予想通りだった。ダービーといい今回の天皇賞といい、予想は的中するのに馬券は的中しない。「予想上手の馬券下手」というヤツだ。トウカイテイオーは俺の予想を覆すほどの怪物ではなかった。現実を思い知らされた感じだ。世間はそんなに甘くない。

 だが次走は宝塚記念。阪神競馬場2200mのG1だ。産経大阪杯で見せたように、この舞台ならメジロマックイーンよりもトウカイテイオーに分がある。次は絶対に負けない。


 その後、スポーツ紙に「トウカイテイオー右前脚の剥離骨折」の見出しが躍る。トウカイテイオーは再び休養に入った。


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