第10話 ティスとアンナ

「それで、これからは私が主にお嬢様の目の様子を見に参ります。もし嫌でしたら仰ってください。母からも『そのときは何とか時間を作るので』と伝言をもらっています」


「そうなの?」

「はい」

「でも、私は構わないわ。シェスカさんの本来のお仕事の邪魔をしたくないし。それに、私はティスと話すのがとても好きなの。だから、構わずいらして」


 にこっと笑うアンナに、ティスはドキッとした。

 嫌な感じではないけれど、何か気持ちがもぞもぞするような、今までにない感覚だった。


「……ありがとうございます」

「どうかした?」


 ティスの僅かな変化に彼女は気づいたようで、小首を傾げていた。彼はゆっくりと呼吸をすると、気持ちを整え、いつも通りを心掛けた。


「あ、いいえ……。私なんて、母と比べたら未熟者ですし、それに……男ですし……お嬢様にとってはつまらなくて良くない訪問者なんじゃないかと思っていたんです。なので、こんなにあっさり了解いただけるなんて思わなくて……」


「私は何もティスで問題ないと思っているわ。今までだって、シェスカさんが私の母の相手をしているときは、ティスが私の相手をしてくれていたじゃない」


「そうですけれど……」

「ティス。もし仕事に自信がないというなら、それはあなたが気づいていないだけ。あなたは立派よ」

「え?」

「私と違って自立している」

「それは……大したことではありません」

 するとアンナは首を横に振る。

「そんなことはないわ。私は何一つ、一人でできないのよ。誰かに頼って生活するしかできないの」


 瞼が開かない少女は、自分のことを憐れむでもなく、境遇を悲しむでもなく、ただ淡々と事実を語っているようだった。それは、ティスに同情をしてほしいと思って話しているからではなく、彼には彼のできることがある、それにちゃんと気づいて欲しい、という気持ちが込められている気がした。


 ティスは力を抜くように、ふっと笑うと、アンナの表情を見ながら真剣な、しかし柔らかな声で言った。


「それこそ、そんなことはありませんよ。お嬢様は、ご自分の才能に気づいていらっしゃらないだけです。きっとあなたにしかできないことがありますよ」


 するとアンナは、ゆっくりと笑みを浮かべ、

「ティス、ありがとう」

 と、優しい声でお礼を言うのだった。 

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