第9話 母の友人の話

「どうして……」


 ティスは退室していくメイドたちを目で追いながら、ぽつりと呟いた。

 するとアンナは静かな声で、彼の疑問に答える。


「あまり、人に聞かれてはいけない事情があるのではないかとお察しいたしました。違っていたら、すみません」


 ティスは少し驚き、思い切って理由を尋ねた。


「何故、そう思ったのですか?」

「何となくです。ティスが私に話してくれそうな気がしたので」

「……」


 気負う様子もなく、さらりと言ってのけるアンナをティスは思わず凝視した。目の前の盲目の少女は、実は他の人よりもずっといろんなものが見えているのではないか、そんなことを想像する。


「どうかなさいましたか?」


 ティスが黙ってしまったので、アンナは尋ねた。何か言ってはいけないことを言ってしまったのではないかと思ったらしい。

 彼は彼女の杞憂を取り除くように、首を振りながら「いいえ」と言った。


「ご配慮して下さったことは、大変ありがたいです。しかし、このようなことをしてお嬢様の負担になったら申し訳ないです。伯爵様にお叱りになられることはないでしょうか?」


 すると、アンナはぱっと表情を明るくし、ふふっと笑って言う。


「あら、そんなことを気になさっているの? 大丈夫。これでも私、案外強いのですよ?」

「そうなのですか?」

「そうなのです」


 自信満々に言うので、ティスは一本取られたような心持だった。


「それで何があったの?」


 アンナの声が再び落ち着いたものに戻る。

 彼女の声は不思議なことに、人を明るくしたり、落ち着かせたりすることができるらしい。そんなことを思いながら、ティスはアンナにゆっくりと母が来られなくなった事情を話し始めた。


「実は母の友人には、触れた物を石にする異能があるんです」

「異能? 触れた物を石にしてしまうの?」


 初めて聞く言葉だったのだろう。アンナはキョトンとした表情を浮かべる。

「はい」

「それで?」

「その母の友人に子どもが生まれたんです。しかし、その異能は子どもに受け継がれていく性質がありまして……。色々な意味で母の力が必要になったために、子守りを手伝いに行った、というわけなんです」


 こんな内容で納得してくれるだろうか――。

 ティスはアンナの様子を見ていたが、彼女は「なるほど」とあっさりと事情を了解した。


「そういうことでしたのね」

「……はい。それで――」


 ティスは拳を握って言葉を続けた。


「母は別にお嬢様の治療を放棄したわけではありません。それよりも、人に迷惑が掛かってしまう力を……下手したら、大切な人までも失ってしまう力なので、そちらに力を貸さざるを得なかったということなんです。それに――」


「それに?」

「母がこの地に来たのは、その異能の管理を呪術師として任されたからなんです。だから、その仕事を優先せざるを得ない……」

「呪術師……。この地では聞かない名ですね」

「私たちの祖先はサーガス王国のものです。国交が冷える前に、我々はわけあって、石にする異能を持った者と共に、この地へ渡りました」

「そうだったの。……じゃあ、いつかティスも、その異能の管理を任されることになるの?」


 アンナの問いに、ティスは苦笑する。


「そうなりますね。でも、まだ先ですよ。今、母が面倒を見ている子が大きくなって、子どもが生まれたときになります。それまでは母がきっと現役で頑張ってくれると思うので」

「想像できるわ。シェスカさんはパワフルですものね」

「そうですよ」


 二人はくすくすと笑った。

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