第8話 人払い

 それからシェスカは、アンナのところに通った。

 最初の数年間は、アンナは稽古事をしなければならなかったことと、シェスカへの遠慮があってか、呼び出されたのは年に数回程度だった。しかし、アンナが成長するにつれ月に1度呼ばれるようになり、シェスカと世間話をしたり、庭の散歩をしたりした。


 シェスカが来るときはいつもティスとルルも付いてきていて、ルルは大抵お菓子目当てに伯爵邸を訪れていたが、ティスは違った。


 時折、シェスカがベルゼクト伯爵の妻である、サラの話し相手をすることがあり、そんなときは決まってティスがアンナの話し相手になったのである。


 彼はいつもアンナのことを気に掛け、適度な距離を保って、他愛ない話をする。しかしそれがアンナにとって心地よく、シェスカの話とはまた別に、いつまででも話していたいと思うようになっていた。



 しかし、これまでの当たり前の訪問が、当たり前でなくなったのは、ティスがアンナと出会って10年目のことである。


「シェスカさんが来られなくなった……?」

 眉を上げで驚く様子のアンナに、ティスは申し訳なさそうに頷いた。

「はい……」

「何があったのです?」

「それが……」


 そこまで言って、ティスは口を閉じた。

 大したことではない。母・シェスカの友人であるセブルスに、二人目の子が生まれたということで手伝いに行っているのである。一人目の娘には、右手に異能が現れていないようだったので、もしかすると二人目の方に現れるのだと考えられた。


 その対応のため、母がセブルス・アージェの家に行っているからなのだが、右手の異能の話は容易に出来ることではない。では、単純に友人の子どもの子守りに行ったとなると、伯爵家の御令嬢の約束よりも大事なのか、と問われやしないかと、ティスは思考を巡らしていたのである。


 ここに来るまでもどう話せばいいかを考えて来たのだが、いい案が思い浮かばない。それに、母はあっけらかんとしていて「正直に話せばいいよ」と言うばかりで、ティスの心配事などお構いなしである。

 そのため、アンナにどう説明したらいいのか考えあぐねていたのだった。


「ええと……」

 ティスがどうしたらいいものかと悩んでいると、アンナはドアの方を向いて声を掛けた。

「人払いを」

 凛とした声だった。しかし、それを聞いたメイドは戸惑っていた。

「お嬢様、しかし……」


 メイドが戸惑うの無理はない。人払いをするということは、アンナとティスを残すということだ。つまり、部屋には男女しか残らない。それを心配しているのである。

 だが、アンナは柔らかい声で「構いません」と言った。


「父上からお叱りを受けるのは私です」

「ですが……」

「お願いします。どうか私の我がままを受け入れて」


 アンナが懇願すると、メイドは暫し俯いて考えた後、意を決したように緊張したような声で言った。


「……かしこまりました」


 そして部屋に控えていた他の二人のメイドとともに、退室するのだった。


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