第7話 盲目と同じ
盲目の者が、人の顔に触れて覚えることはよくあることだ。だが、「貴族だから」とその行為自体が「あるまじきもの」というのは、失礼なことである。
しかし、貴族がこういうことを嫌うのも分かる。彼らは秀でていることには関心を持つが、道から外れた者、理解出来ない行動をとる者、人と違うことをする者などに対しては冷たい。
それは「貴族社会」を守るために必要な暗黙のルールであり、そこで上手く生きていくには従わなくてはいけないものなのだ。さらに長い年月をかけて作られてきたものであるがゆえに、貴族たちはこの中にいることに居心地の良さを感じるし、それを守り抜くことがステータスとなる。
(伯爵の考えはよく分からないが、アンナを守るためだとしたら、妥当な判断だろうな)
瞼が閉じて開かぬ少女は、盲目と同じ。
貴族社会の中では弱い立場であり、それを守っていくならば、彼女がそれ以外に変わったところがないことを示し続ける必要がある。だからきっと、外の人間との接触が極力避けられているのだろう。
「私たちは平民だ。変なしがらみはないから気にしなくていい」
「……」
「それに、ルルも平気そうだからもっと触ってみて」
「でも……」
「大丈夫。そんな
「そうですか……?」
「うん」
するとアンナはそっと手を伸ばす。シェスカはそれに合わせて、ルルの手を差し出した。
「これは手ですね……。本当に、とても小さいですね」
「アンナちゃんよりも小さいもんね」
こうして、アンナはシェスカたちを触ることによって、顔の形状を記憶したのだった。
「アンナちゃん」
ひと段落したところで、シェスカはアンナと真っ直ぐに向き合った。
「はい」
「あなたの瞼が固く閉ざされた理由は、過去にあると思う」
すると、アンナの顔が引きつった。
「その様子だと、あなたは心当たりがあるんだね」
「……あの、このことは――」
「誰にも話さない。ここだけの話。大丈夫。ティスもルルも、話したりはしないから」
「……詳しく話した方がいいですか?」
恐る恐る尋ねるアンナに、シェスカは「話さなくていい」と断った。
「でも、治療の役に立つことはあるんじゃないでしょうか?」
「それは、そうかもしれない。でも、話したくないことを無理に聞くつもりはない」
シェスカがそう言うと、アンナは安堵したように長く息を吐いた。
「……シェスカさん」
「うん?」
「私はいつか、再び外の世界を見ることができるのでしょうか?」
「アンナちゃんは、それを望んでいるの?」
「それは……」
シェスカの問いに、アンナは膝の上で拳を握った。
「アンナちゃんの瞼が開かれるのは、あなたが本当に見たいと思うものができたときだろうね。だから、今すぐには開くことはないと思う」
「そう、ですか……」
「でも、いつかは開くよ。見たいと思うものがあればね」
「見たいものがあれば……」
「うん――。さてと、診察はこれで終わり」
シェスカはそう言って立ち上がると、ぐっと伸びをした。
「何か聞きたいこととか、話し相手をして欲しかったらいつでも呼んで。アンナちゃんとだったら、あたし、いつ呼ばれてもいい」
「本当ですか?」
アンナの表情がぱっと明るくなる。
「うん」
「じゃあ、またお呼びいたします。それも近いうちに」
「もちろん」
こうして、まじない師シェスカとアンナとの交流が始まった。
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