第11話 明るい声
それからティスは、今まで母がしてきたように、月に一度アンナの瞼の様子を見に行くようになった。母の見立てによると、アンナの瞼が時が来れば自然に開くようになるとのこと。そのため無理矢理まじないでこじ開けることはしない。ただ、ずっと瞼が閉じている状態なので、目の周りは常に清潔であるか、皮膚病などになっていないかだけを確認している。
しかし、アンナの身の回りを任されているメイドたちがきちんとしているため、それはほとんどいらない心配である。
だが、シェスカが毎月呼ばれていたのは、アンナの話し相手になってもらうためでもあった。「伯爵家の令嬢」で「瞼が開かない」……。この二つのことから、ベルゼクト伯爵はアンナを外に出そうとは思わなかったし、彼女自身も社交場へ赴くことに抵抗があったので、貴族との交流はほとんどなかった。
しかし、さすがに娘の話し相手が家族やメイドだけというのは、見識が狭くなると考えてか、アンナの母は特に、シェスカやティスとの交流を快く受け入れていたのだった。
「お母様、どうなさいましたか?」
アンナの部屋の前に立って、じっとしていたサラ・ベルゼクトに、アンナの姉の一人・レイナが声を掛けた。
すると彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、扉を持っていた扇で指す。
「楽しそうな声が聞こえるのよ」
「楽しそうな声?」
「ほら、あなたもここに立ってごらんなさい」
母に言われ、レイナも扉の前に立って、耳をそばだてる。
何だか行儀の悪いことをしているなと思いつつも、扉の奥から妹の明るい笑い声が聞こえてくると、母と同じく笑みがこぼれた。
「楽しそうですね」
「でしょう?」
「アニーと何かしているのですか?」
アニーとは、アンナの専属メイドである。8歳のときからの付き合いなので、気心が知れている。そのため、レイナはそう予想した。
だが、母はまた面白そうな顔をして、にこにこしている。
「それが違うのよ」
「違うって……じゃあ、独り言でも呟いているのですか?」
怪訝な顔をする次女の二の腕を、母は窘めるように軽く叩いた。
「いたっ」
「独り言なんて言わないわよ。――そうじゃなくて、ティスが来ているの」
「ティス? ティスって……あの、シェスカさんの息子?」
「そうよ」
わくわくしながら頷く母の様子を見て、レイナは尋ねた。
「そういえば彼って、いま幾つ?」
「18歳くらいじゃないかしら」
「ふーん……」
年齢を聞いて納得する。それで母は嬉しそうな様子で、末娘の部屋の前に立っていたのだ。
「それで、お母様は男女の会話を盗み聞きしていたということですか。悪趣味ですね」
「失礼ねぇ。私は娘を心配してやっているだけなのに」
「心配なんてしていないでしょう? 順調だから、そんな浮かれた顔をしているのではありませんか?」
得意気に笑うレイナに、母はきょとんとした表情をしてから、再びフフっと笑い、そのまま娘と並んで歩き出した。
「ええ。そうね」
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