第2話 異能を持つ友人の手袋を縫う

「シェスカ?」

「だから私が縫ってあげる、と言っているんだ。ほら、さっさと出しな」

 差し出される手に、おずおずと先ほどまではめていた手袋を置く。

「……ありがとう」


 ぽつりと言われたお礼に、シェスカは針に茶色の糸を通しながら、ぶっきらぼうに返事をした。


「どういたしまして」


 彼女は手袋の状態を見てから、自分の手を入れてみる。すると人差し指の部分は、少し指が見えてしまうので、ここをつくろわなくてはならない。


 それと手の腹の部分。すれやすいのか、手首のひだになっている部分も糸が抜けてきている。こちらも直しておかないと、万一激しい動きをして手袋がすぽっと抜けてしまったら大変なことになってしまう。


 シェスカは手袋を裏返しにすると、すぐに人差し指の部分に着手する。これくらいなら、15分程度で作業は終わるだろう。


「あとさ、シェスカ」

 糸を革に通し始めた彼女に、セブルスは申し訳なさそうに声を掛けた。

「何」


 糸を、ぎゅっぎゅっ、としっかり引っ張る。革を通しているので、少しばかり力が必要だ。シェスカが真剣な様子で縫っていると、セブルスはこんなことを赤裸々に告白した。


「俺、まだ結婚してないんだけど……」


 途端、シェスカは裁縫の手を止め、目を丸くしてセブルスを見た。

 長い沈黙の後「そうだっけ?」と、信じられないという様子の彼女に、セブルスは複雑そうな表情を浮かべながら肯定した。


「そうだよ!」

「いや、いい歳だからさ。もう結婚したのかと……」


 だって35歳でしょう? 私より5歳年上じゃん、と付け加える彼女に、セブルスは長い溜息をつき、呆れたように言った。


「結婚していたら、シェスカにちゃんと報告してる……」

「ああ、そうなの?」

 彼女の返答が素っ気なかったので、セブルスはさも残念そうに言った。

「何年の付き合いだと思ってんの。俺は言うよ、ちゃんと」


(それは……その言い方は……)


 シェスカは目をぱちぱちと瞬かせた。


(私が自分のことを、セブルスに話していないことに対しての恨みなのか?)


 セブルスとは生まれたときからの付き合いだが、結婚をしたかどうかの報告をする仲かというとそうでもない気がしていた。


(私がときも、セブルスに言わなかったしなぁ……)


 セブルスが、シェスカに子どもがいることを知ったのは、長男のティスが生まれて暫く経ったときだった。あのときも、セブルスが「この子どうしたの?」と聞いて初めて彼女に子どもがいることを知った次第である。


「じゃあ、楽しみにしているよ。結婚の報告。いつになるか分からないけど」

「悪かったな! どうせ俺はシェスカと違って、いつになるか分からないよ」


 へそを曲げるセブルスに対し、シェスカはその理由がよく分からず困ったように眉を寄せた。


(結婚をしてないってこと、男として恥だと思っているんだろうか)


 しかし、セブルスという男はなんだかんだ言って、女性に好かれるという話である。

 軍事警察署の『石膏者せっこうしゃ』などという地位は、軍の中でも一部の人間しかしらない。もし知ってしまえば、誰もが彼との距離を取ろうとするだろう。触れてしまったら最後、どんなものでも石にしてしまう異能を持った右手は、やはり恐怖の対象でしかない。


 だが、セブルスの明るい性格と人を気遣うところは、軍人の中でも一目置かれているらしい。そのため、ちょくちょく貴族が催すパーティに呼ばれるようだ。常に手袋をしていることを訝しむ貴公子たちもいるようだが、女性たちは大きな古傷を隠していると噂しているようで、セブルスの明るい性格と見えぬ暗い過去が、彼女たちを虜にしているようである。

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