第5話 ベルゼクト伯爵の末娘

 使用人はシェスカを連れて、豪奢な建物の中に入る。


 すれ違う使用人たちは、誰もがこの建物に相応しい装いと態度で、シェスカを迎えてくれた。だが麻を使って自分で縫った服を着ている自分は、つくづくこの場所に似合わないな、と思った。貴族の使用人に頭を下げられることすら、変な感じがして仕方がない。


 しかしそうであるからと言って、シェスカは悲観することはないし、彼らよりも自分が人として劣っているとも思わない。彼女は堂々とした様子で使用人に付いて行き、3階まで階段を昇ると、東側の一番奥の部屋の前の部屋で立ち止まった。


「このお部屋です」

「……」


 シェスカは大きなドアを見上げる。

 はあ、ここにお嬢さんがいるのか、とぼんやりと思う。

 彼女がそう思っている間に、使用人がドアをノックし部屋の主に声を掛けた。


「お嬢様、メリーです。お客様をお連れ致しました」

「どうぞ」


 部屋の主はすぐに返事をしたので、使用人は「失礼いたします」と言って丁寧な仕草で扉を開けてくれる。


 すると、南側にある大きな窓の前に、ゆったりとしたソファに浅く腰を掛けるプラチナブロンドの髪をした少女と、寄り添うように立っている男性が目に入った。


「シェスカさんですか?」

 問うたのは、男性だった。

「はい、そうです」

 彼はシェスカの方へ向かって歩くと、彼女の前に立って挨拶をした。

「よく来てくださいました。私は、ベルゼクト家当主のハント・ベルゼクトと申します。今日は、どうぞよろしくお願いします」

「シェスカです。お力になれるかは分かりませんが、どうぞよろしく」

「可愛いお子さんもご一緒で。仲が良いのですね」

 伯爵は悪気もなくそう言う。

(別に連れて来たくて連れて来たんじゃないけど……)

 こういう人間に本当の事情を説明するのは面倒なので、シェスカは適当に笑って頷いた。


「……ええ」

「さぁ、どうぞ入って」

「失礼します」


 伯爵が少女の方へ歩いていくので、シェスカはティスの手を引いて付いて行った。近くにいたメイドが気を使いティスを近くの椅子に座らせてくれ、ルルのことも預かると言ってくれたが、ルルが眠っていたこともあって、シェスカは丁重に断り背負ったまま話をし始めた。


「我が娘です」


 伯爵がそう言うと、瞼が閉じられた少女は顔を上に向けて柔らかく微笑み、ぺこりと頭を下げた。


「初めまして。アンナ・ベルゼクトです。本日は私のためにお越し下さり、誠にありがとうございます」

「シェスカといいます。私のことを聞いた人から聞いているかもしれませんが、まじない師です。でも、これは他言無用でお願いします」


 するとアンナはしっかりと首を縦に振った。


「かしこまりました」


 シェスカは少女の素直な反応に少し驚いたが、すぐにそれを引っ込め伯爵の方を見て尋ねた。


「それで、色々医者には診せているとのことお聞きしましたが?」

「はい……腕のよい眼科医に頼んで診てもらったのですが、瞼がしっかりとくっついてしまっていて、どうにもならないと言われました」

「触ってみても良いですか?」


 シェスカが伯爵に確認を取るつもりで聞くと、椅子に座ったアンナが「大丈夫です」と答えた。それを見た伯爵はそれに許可を与えるように、こくりと頷く。

「失礼します」

 シェスカは準備された水で手を洗い、アンナの瞼に触れてみる。


(これは……)


 まるで強力な糊のようなものでくっつけられたように、びくともしない。瞼が開くように縦に引っ張ってみたり、横に引っ張ってみても効果はなかった。


(病でも怪我が原因じゃない。それではない、別のことが彼女のこの状態を生み出してしまったんだ)

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