第4話 慣れぬ道
――生まれたときは開いていたそうなんだが、5歳くらいになったとき、急に瞼が閉じて開かなくなってしまったらしい。医者にも診てもらっているようだが、原因が分からないらしくて何ともならないと言われたそうだ。とある縁で、伯爵家の御令嬢の状況のことを知った軍人が、俺に相談を持ち掛けて来たんだよ。この右手のこともあるし、何とかなる方法はないかって。
「あたしに頼んでくるっていう時点で、悪魔とか精霊みたいな類のせいだと思ってんじゃないだろうね……」
セブルスの話を思い出しながら、シェスカは呟いた。
正直、「そんなのあたしじゃない誰かに、何とかしてもらえばいいだろ」と放っておきたかったのだが、困っているのは子ども。話を聞く限り、頼んできた父親は娘のことを思って回復の方法を探していたようだったので、シェスカは仕方なく了承したのだった。
「道は単純だが、一軒一軒幅を取りすぎじゃないか?」
ファイレーンにある貴族の屋敷が立ち並ぶ通りに入ったのは、人生で初めてである。そもそも貴族とは無縁の暮らしをしているので、シェスカは今でも自分がこの道に立っていること自体不思議な心地だった。
「母さん、どこまでいくの?」
セブルスに貰った手書きの地図と睨めっこをし、いちいち小言を言いながら歩いていたせいだろうか。左手を繋いでいる8歳の息子、ティスが小さく尋ねた。
「貴族の屋敷だよ」
シェスカが答えると、ティスは小首を傾げた。
「きぞくのやしき?」
「そうだよ」と言ったとき、彼女は立ち止まった。地図に描いてある場所と、建物を見比べ、さらに門の傍にあった表札を確認する。そこには「ベルゼクト」という名が刻んであった。
「ここだな」
どうやら、シェスカに仕事の依頼をしてきた人物は、目の前にある無駄に大きい建物に住んでいるようである。
「ついたの?」
再びティスが尋ねたので、彼女はにっと笑って頷いた。
「着いたよ。母さんここで仕事をするから、静かにしていてね」
「うん」
ティスは頷くと同時に、母の手を少し強く握った。知らない場所に行くからだろうか。少し緊張しているようである。
シェスカは背中に背負ったもう一人の息子の顔をちらりと見て、ティスに「よし、行くよ」というと、金属でできた門を押し開けて敷地に入った。
「ようこそいらっしゃいました」
伯爵家の屋敷の前に着いた後にドアをノックすると、中から使用人が出てきて、深々と挨拶された。
「どうも。えーっと、お嬢さんのことで頼まれたシェスカです」
彼女は堅苦しいのは嫌いなので、素っ気なく返事をする。
「これからお嬢様のところにご案内いたしますね。それで、その子たちは……」
使用人は自分から見て、シェスカの右隣に立っている少年と彼女が背負っている子どもを交互に見た。
「ああ、この子達は私の息子たちです。私がいなくなると、他に見てくれる人がいないんで連れて来ました。もし子どもと一緒じゃダメなら帰りますんで、遠慮なく言ってください」
シェスカはこの仕事をしなくても生きて行くことができるので、ダメならダメで全く構わなかった。だが、使用人の方がそれを止めた。
「いえいえ、そんな! お子様と一緒で構いません! どうぞお入りください」
「……じゃあ、失礼します」
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