二人の本気

 術式を出し惜しんでいる余裕など微塵も存在しなかった。

 そんなことをしたら俺たちを待っているのは、確実な死のみだ。


 俺は魔力、気力共に全て出し尽くす勢いで注ぎ込んだカードを地面に叩きつける。

 渦を巻きながら発生する水の障壁が展開を終えたのは、放たれた雷撃が直撃する寸前だった。


 真っ向から衝突する雷撃と渦潮。

 衝撃によって生まれた余波は凄まじく、魔物の亡骸は一瞬で消し炭と化し、建物全体に大きな亀裂が走る。


 全身の力が一気に抜け落ちる感覚に襲われるが、これなら耐え切れる。

 そう思ったのも束の間、最初は拮抗していたかと思っていた押し合いだったが、雷撃が少しずつ渦潮を蒸発させ始めていた。


 単純な威力の差か、属性の相性か、それとも別の理由かは分からない。

 いずれにせよ何か手を打たなければ、あと数秒もしないうちにスパイラル・シールドが消滅する。


 ダメだ、押し切られる……!


「まだだ……! 設置セット――スパイラル・シールド!」


 躊躇うことなく俺はもう一枚のカードを使い、更に水の障壁を展開する。

 魔力を十分に籠める時間が無かったせいで本来の防御力は発揮できないが、これなら貫通するのを避けるられるはずだ。


 これで俺は意識を失ってぶっ倒れるかもしれない。

 でも、ここを凌ぐことができなきゃ元も子もない。

 じゃなきゃ、俺ら全員仲良くお陀仏だ。


 十秒近くに及ぶ衝突の末、ようやく雷撃が収まる。

 地面を更地にさせる威力を誇る魔導砲の一撃すら容易く防ぐスパイラル・シールドを二重にしたとしても、ギリギリ相殺させるのが精一杯だった。


 二枚目のカードを使った反動で立っていられなくなり、地面に片膝をついてしまう。

 身体は鉛のように重くなり、意識も朦朧としている。


 ……これじゃあ、しばらくはまともに動くのは厳しいだろうな。


 息を切らしながら奥にいる鎧武者に視線をやると、奴は何事も無かったかのように剣を構え、こちらにゆっくりと距離を詰めて来ていた。


「くそっ……笑えないぞ、こんなの」


 今の攻防で渦潮のカードは使い切った。

 もう防ぐ術のないこの現状で、またあの雷撃を放たれたら今度こそ一巻の終わりだ。


 いや、あの雷撃がなくても溢れる魔力からして、素の戦闘能力も桁違いに高い。

 恐らく、ロックスコーピオンの変異体よりも数段格上だ。


 Sランクの冒険者が相手したとしても勝てるかどうか怪しいのだから、俺たちがまともに戦えばまず敗北は免れないだろう。


 せめて俺もヴァンと同じくらいの強さがあれば少しは変わったかもしれないが、今更仮定の話を考えても意味がない。


 水竜を本来の姿に戻して力を借りるべきか……?

 ……駄目だ、その案は危険すぎる。


 術式カードの力の根源は水竜の魔力だ。

 もし水竜が鎧武者に殺されようものなら、それこそ詰みだ。


 最悪、俺が先に死ぬことはあっても、逆は絶対にあってはならない。


 俺は手にした激流のカードに魔力を通す。

 あと一撃なら術式カードを最大出力で発動できるはずだ。


 全身全霊をかけたドラゴニックストリームで、神殿ごと鎧武者を地面に埋める。

 俺も巻き添えを喰らうことになるだろうけど、水竜と共に背後の二人さえ逃がすことができればそれで良い。


「覚悟を、決めろ……」


 エルシャナに来たことで、数年振りに自分の居場所ができた。

 俺を認めてくれた。


 ――それだけでもう十分だ。


「ヴァン、シェリ……俺がこいつを足止めする。だから、二人は逃げ――」

「ふざけんな!! 何カッコつけてんだよ!!」


 声を振り絞り、最後まで言いきるより先に、ヴァンのがなり立てるような叫びに遮られた。


「今、何が起きたのかよく分かってねえけどよ、アンタが命懸けで俺らを守ってくれたことだけは分かる。だってのに、そんなアンタを置いて逃げるなんて真似できっかよ!」

「そうです! 今度は私たちがジェイクさんを守る番です!」


 身体強化を全開に引き出し、白い火花を全身に纏ったヴァンに続いて、シェリも魔力が籠められた護符を手にし、俺の前に立ってみせる。


「でも……あいつは俺たちよりも……!」

「んなこた関係ねえ! 相手がどんだけ強かろうが、生きてなんぼの冒険者だとしても、ここで退くわけには行かないんだよ。それに……俺もシェリも、まだアンタには本気を見せてなかったよな」


 そう言ってヴァンは、右手を地面に着けて、極端なまでの前傾姿勢を取る。

 白い火花が黄色く変色していき、意識せずとも魔力が見えるようになる。


 なんだこれ……魔力の大きさはさっきと変わってないのに、出力が段違いに跳ね上がっている。

 魔力の圧……が高まっているのか?


 隣に立つシェリはというと、静かに両目を瞑り、全身に巡る魔力の流れを早めていた。


 これも身体強化の一種ではあるが、俺やジェイクとはタイプが異なっている。

 目的はどちらかというと、身体能力の向上よりも魔力の質そのものを底上げするためのものだ。


「シェリ、準備はいいか?」

「うん、いつでもいけるよ。……でも、先にゴーストが来る。しかも大量に」

「了解、じゃあそっちは任せた。それまで俺は先にあいつとタイマン張るとするぜ!」


 ヴァンが足元の板石を踏み抜くほどの強さで地面を蹴り、鎧武者に向かって駆け出してみせた。

 呼応するように鎧武者も歩きから走りに変えてヴァンへと突っ込む。


 その途中で鎧武者は駆けながら悍しい雄叫びを上げると、大広間中に数十体もの黒いローブを纏った浮遊する魔物が姿を現す。

 さっきシェリが言っていたことが現実になっていた。


「ジェイクさん、大丈夫です。さっきも言いましたけど、今度は私たちがあなたを守ります」


 意を決したような強い声でシェリは言うと、手にした護符を魔物に向けて投げ放った。

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