地下神殿に潜む亡霊

 大トカゲの群れとの戦闘を終え、ヴァンは短剣を鞘に納めると、ふぅと一息ついてから奥に向かって歩き始める。


「ほら、さっさと行こうぜ」


 一度シェリと顔を見合わせてから、俺たちもヴァンの後ろをついていく。

 その途中で俺は、先導するヴァンに近づき声をかける。


「ヴァン」

「うわあああっと!!? ……って、なんだアンタか。ビビらすなよ」


 ヴァンはびくりと大きく肩を震わせるが、こちらに振り向く時には既に平静さを取り戻していた。

 とはいえ、まさか俺から話しかけられるとは思ってもいなかったようで、深紅色の瞳をパチクリとさせている。


「悪い、驚かすつもりは無かった。それはそうと、一つ聞きたいことあるんだがいいか?」

「あ、なんだよ?」

「ヴァンはどうやって身体強化と武器に魔力を纏わせるのを両立させているんだ? 何か良い方法があれば教えてくれると有り難いんだが……」

「……それ俺に訊くのかよ? こういうのはキースの方が適任だろうってのに。まあ、訊かれたからには答えるけど、大した回答はできねえぞ」


 そう言ってヴァンは短剣を抜いて、刀身に微量の魔力を籠めてみせた。

 戦闘時が勢いよく燃え上がる篝火だとしたら、今のは蝋燭に火を灯したような強さでしかない。


「キースとの稽古を見てて思ってたんだけどよ、アンタ剣に籠める魔力の量が少ないんだよ。こんな風にな。大方、元の魔力量が多くないっていうのが一番の原因なんだろうけど、物体の強化は少ない魔力でどうこうしようとすると逆に不安定になる」


 ヴァンの言う通り、確かに俺の魔力量は大して多くはない。

 もしさっきのヴァンみたく、出力を全開にして身体強化と同時に武器の強化もしようものなら、すぐに魔力が枯渇してしまうだろう。


「籠める魔力量が少ない……か。あれで少ないうちに入るんだな」

「身体強化と比べると、自分以外の物体を強化させるのって魔力の消耗が激しいからな。自分で考えている以上に、無意識で籠める魔力を抑えちまってんだよ。そのせいで纏わせた魔力はすぐなくなるし、武器の再強化に意識を割かれ過ぎて、身体強化が疎かになるって負の連鎖に繋がるんだよ」


 言い終えてからヴァンは短剣に籠める魔力を一瞬だけ増大させる。

 すると、途端に短剣に纏っている魔力が安定するようになり、出力を落としてもその大きさを維持し続けていた。


「次に魔力を籠める時は、試しに魔力全部ぶち込むくらいつもりでやってみな。一度、魔力が安定しちまえば、放っておいてもそう簡単に拡散しなくなる。身体強化との両立も幾らか楽になるはずだ」

「ああ、そうしてみる。ありがとう、参考になった」

「ふん、礼を言われる筋合いはねえよ。今話したのは、あくまで俺の経験談だ。これでアンタの役に立つかどうかは別問題だ。だから、もし上手くいかなくても文句言うんじゃねえぞ」


 半ば無理矢理に話を切り上げ、ヴァンは更に一歩前へと進んでいくのだった。


 入り口だったであろう場所を通り抜け、地下へ続く階段を発見したのは、会話を終えてから程なくしてからだ。

 複数人で並んでも尚ゆとりが生まれるほど横幅は広く、地下神殿というだけあって地上部はあくまで通路の一部でしかないらしい。


「うぅ……やっぱり入らなきゃ、駄目?」

「当たり前だろ。シェリがいなきゃ調査が進まねんだから」

「そう、だよね……」


 最後尾でついて来ていたシェリが今にも消え入りそうな声で呟き、盛大にため息を溢す。

 抱き抱えている水竜にきゅう、と呼びかけられるも返ってくる反応は薄い。


 本当に駄目なんだな、と改めて思っているとヴァンがやれやれと肩をすくめながらもシェリの背中を軽く叩いた。


「何も心配することはねえって。昔と違って、俺が……一人じゃねえんだからよ。その……ほら、行くぞ!」

「……うん」


 そそくさと階段を降りていくヴァンの背中を追いながら、俺はシェリにぼそりと声を掛ける。


「――あいつ、優しいんだな」


 一呼吸、間を置いてからシェリは穏やかに微笑みを湛えて、はい、と頷いた。


「昔から困っている人がいると放っておけないんです。でも、変なところで意地張ったりして……多分、何に対してかは分からないけど、今だってそう。――本当、素直じゃないんだから」


 少しだけ呆れた様子で嘆息つきながらも、表情は幾分の明るさを取り戻している。

 水竜もつられてか、嬉しそうに「きゅきゅっ!」と鳴いてみせた。


「私たちも行きましょうか」


 歩き始めたシェリに言われ、俺も階段を下り始める。

 これなら大丈夫そうだな、と密かに胸を撫で下ろす。


 階段は何十段と続き、ようやく終わりが見え始めた頃だ。

 シェリが真剣な面持ちで、先頭を歩いていたヴァンを呼び止めた。


「止まって、ヴァン。――大広間に何かが現れた。でも、さっきまで何も魔力を感じなかったのにどうして? それに、この属性は……え、何これ? 火……いや、光? とにかく、すごく嫌な予感がする。ジェイクさんも気をつけてください」

「分かった」

「珍しいな、シェリが感知に迷うなんて。でもまあその属性からして、正体がなんであれどうやらビンゴなことには変わりなさそうだな」


 ヴァンは短剣を抜いて身体強化を施すと、握り締めた拳をもう片方の掌に押し当てる。

 シェリが困惑しているのは気になるが、俺も水竜を肩に乗せ直して、術式カードを呼び出す。


 ここからは気を引き締めてかかる必要がありそうだ。

 念の為、発動バーストでも設置セットどちらでも汎用性のある渦潮のカードに魔力を通しておく。


「全員、準備はできたようだな。――それじゃあ、行くぞ」


 互いに頷き合ってからタイミングを図り、階段を最後まで下りて大広間に出る。

 巨大な柱が二列に連なる広大な空間で目の当たりにしたのは、異様な光景だった。


「は……なんだ、これ?」


 大広間のあちこちに焼け焦げた魔物の亡骸が大量に転がっていたのだ。

 目算ではあるが、死体の総数は百近くにも上るだろう。


 死因は炎によるものというよりは、雷によるものと見た方がいい。

 だが、地下深いここに雷が落ちることなどまずあり得ない。


「今回の騒動はあいつの仕業、と見てよさそうだな」


 ヴァンが睨めつるようにして、最奥部に視線を向ける。

 そこには、極東に伝わるという甲冑を身に纏った人型の何かが佇んでいた。


 人間ではない……魔物と考えるのが妥当か。


 人型の何か――鎧武者が俺たちの存在に気がつくと、右手に握り締めた片刃の剣の鋒をこちらに向ける。


 ――まずい!!


「二人とも下がれ!! 設置セット――スパイラル・シールド!!!」


 全身に悪寒が走った次の瞬間、鎧武者の剣先から視界全てを覆い尽くすほどの強大な雷撃が放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る