全開の魔力出力
酷暑の辺境エルシャナの周辺には大きく三つの名所があるという。
一つ目が以前に訪れた街の南方にあるエルーナ湖跡、二つ目が街の東から国境まで広がる
そして三つ目が街の北西に位置し、これから向かう場所でもあるエルド地下神殿跡だ。
昼食後、一度家に帰って準備を整えてから集合場所である北門に向かうと、既にシェリとヴァンの姿があった。
「――ったく、遅えよ」
「すまない、準備に手間取った」
「……そういうヴァンだって、ついさっきついたばかりじゃない」
「う、うるせえっ! いいんだよ、俺は!」
到着するや否やヴァンがきつい剣幕でぎろりと睨みつけてくるが、直後に呆れ顔をしたシェリにジト目を向けられ、途端に威勢のよさが影を潜める。
本人としては痛いところを突かれたせいか、顔が若干赤くなってもいた。
未だに何故かヴァンからは敵意を向けられているんだよな。
新参者に厳しいのか、それとも他に何か別の理由があるのか。
まあ、何にせよギルドの連中のような悪意は感じられないから、そこまで気にすることでもないか。
それより、シェリの砕けた態度を見るのは新鮮な感じがする。
同い年で幼い頃から共に育ってきたというから、互いに気楽に接していられるんだろう。
二人をやり取りを見ていると、ふと王都にいる幼馴染みのことが脳裏に過ぎる。
エレシア……今頃、どうしているんだろうか。
俺が居なくとも一人で問題なくやっていけてはいるんだろうが、やっぱり気になるものは気になる。
……最後に一目、会っておきたかったな。
「あーっ、もう! さっさと任務を片しに行くぞ!」
「はいはい……それじゃあ、行きましょうかジェイクさん」
「……ああ、分かった」
歩き始める二人の後ろを追おうとしたところで、ヴァンがこちらに振り返り、びしっと指を差して叫ぶ。
「先に言っておくが、俺はまだアンタを認めたわけじゃねえか――!」
「ほーら。行、く、よ!」
「ぐへぇっ!? おい、シェリてめえ! せめて最後まで言わせろって!」
が、すぐにシェリに首根っこを掴まれ引っ張られてしまうのだった。
「俺らも行くか……どうした?」
そんな彼女を水竜はどこか心配そうに見つめていた。
エルド地下神殿跡の入り口は、瓦礫の山と化していた。
巨大な建造物があった形跡はあるものの、外壁のほとんどが崩落し、内部は野晒しになっている。
「地下神殿ってことだが……これ、中は大丈夫なのか?」
「そこは心配しなくても問題ないですよ。外はこんなになっちゃってますけど、地下はちゃんと形を保ってますから」
何気なく呟いた疑問にシェリが答えてくれるが、その表情は硬く強張っている。
原因は恐らく、ここら辺に出没するというゴースト系の魔物だろう。
キースにここの任務を頼まれた時の青褪めようを見れば、相当苦手としていることはすぐに分かった。
理由はともかくとして、何か不安を和らげる方法がないかと模索していると、肩に乗っていた水竜がぴょんとシェリに向かって飛び移ってみせた。
「わっ!? スライムさん、どうしたの?」
「……多分、シェリを元気づけようとしているんだと思う。街を出るときからずっと心配そうな目で見ていたからな」
「そっか……ありがとね、スライムさん」
水竜を抱えてシェリが微笑むと、水竜もキュピピッ、と楽しそうに鳴いてみせる。
それからシェリは俺の方に振り向こうとした瞬間、ハッと慌てた様子で神殿の入り口へ視線を戻した。
「ヴァン……!!」
「――分かってる。敵襲だろ?」
俺もすぐに視線を追うと、瓦礫の陰からは体長二メートル程の蜥蜴に似た魔物の群れが飛び出していた。
数は全部で五匹、そのどれもが頭部から背中にかけて魚の背びれにも似た突起物が生えており、俺たちに向かってシャーッと威嚇音を発している。
「グリーディリザードか。ハッ、肩慣らしには丁度いい。お前らは下がってな!」
ヴァンは腰に装着した大型の短剣を逆手で引き抜くなり、全身に魔力を漲らせた。
身体と手にした短剣どちらにも満遍なく魔力が満ち満ちており、更にはヴァンの周囲には迸る魔力によってバチバチと白い火花が散っていた。
「あれが……ヴァンの身体強化か」
魔力操作の精度はキースには及んでいないが、代わりに魔力量が尋常じゃなく多い。
それを全開で引き出しているからこそ、魔力が火花になる現象が生まれているのだろう。
「行くぜ……!!」
刹那、ヴァンは驚異的な瞬発力で地面を跳ねると、あっという間に大トカゲの一匹の元に辿り着き、空中にいる状態から強烈な回し蹴りを放つ。
蹴りをもろに喰らい、吹っ飛ばされた大トカゲは瓦礫に激突し、そのままピクリとも動かなくなる。
ヴァンが地面に着地すると、その瞬間を狙って残りの大トカゲ達が一斉に襲いかかってくる。
「遅えっての!!」
だが、全ての攻撃を難なく躱し、返しに振り上げた短剣で一匹の胸部を真っ二つに斬り裂き、もう一匹の首を蹴り上げてへし折る。
一度後方に跳んで距離を取ってから、逆に隙が生まれた大トカゲに突っ込むと、空いている右手で別の大トカゲの心臓部に掌底を叩き込み、最後の一匹は身体を回転させながら振り抜いた一閃で胴体を丸ごと半分に両断してみせた。
時間にして一分強。
短い戦闘時間ではあったが、一瞬たりとも魔力出力を落とすことなく、短剣に魔力を纏わせながら身体強化を施し続けていた。
術式やスキルよりも体術を主体としたゴリゴリの武闘派。
一応、ヴァンもスキル所有者とのことだが、用途としては接近戦で戦う時のサポートでしかないという。
そうか……だからキースは、俺をこの任務に連れて来させたわけか。
キースがヴァンの戦い方を見せたがっていた理由が分かった気がした。
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