鍛錬と実戦
まだ完全に日が昇りきる前の晴天下。
スパーダ商会の敷地内にある中庭で俺は、キースから近接戦闘の手解きを受けていた。
「――剣にこめた魔力がなくなってますよ。身体強化を維持するのに意識を割き過ぎです」
「はぁ……はぁ、分かっている!」
木剣を全力で振るい、猛攻を仕掛けているはずなのにキースは汗一つ流すことなく平然と捌き切っている。
「今度は身体強化が弱まっています。身体強化は常に一定以上の出力を保ち続けてください」
「チッ、これなら……!」
「その調子です……と言いたいところですが、攻撃の手が緩んでは意味がないですね。規定の回数に到達しましたので、お仕置きです」
「しまっ……痛っ、うわあああっ!?」
それどころか俺の動きに対して事細かに容赦無くダメだしをつけてきて、何度か失敗が重なるとペナルティで頭を小突き、おまけに投げ飛ばしてきた。
地面を何度か転がった後、仰向けになり空を見上げて俺は大きくため息を溢す。
「あー……クソッ。また駄目だったか」
「防御や回避は得意なようですが、攻めになると動きに粗が目立ちますね。体術をあまり必要としない術士であっても、守ることができるだけなのと自ら攻勢に出られるのとでは、対処できる敵の数に大きな差が開いてきます。せめて自在に攻守を切り替えられるくらいはなってくださいね」
「……おう」
キースのずばり的を射た指摘にぐうの音も出なかった。
現時点において、近接戦闘における攻めの意識と攻撃力の低さは俺が克服しなきゃいけない一番の課題だ。
ギルドにいた時は囮や陽動ばかりで自分から攻撃をする機会が無かった。
そのせいで自分から攻める感覚が上手く掴めておらず、いざ攻撃するとなると動きが鈍ってしまう。
ただ、そこは意識の問題だからまだいい。
それよりもまずどうにかしなきゃならないのは身体強化中の魔力操作だ。
身体強化を施しつつも、武器に魔力を纏わせて武器そのものの強度と威力を底上げする。
高ランクの冒険者の多くがその技術を使いこなしていることは知っていた。
けどこれまでやってこなかったのは、単純に俺がそれを実行できる技量が無かったからだ。
魔力による武器の強化ができていれば、ロックスコーピオンの岩石みたいな甲殻だって両断できていたかもしれない。
……いや、そもそもEランクという階級に甘んじることすら無かったのかもな。
「はあ……過ぎたことをいつまで気にしているんだ、俺は」
もう一度、小さくため息を溢したところで、こちらに近づいたキースが手を差し出してくる。
「そろそろ昼食時ですし、今回はここまでとしましょうか」
「……ああ、分かった」
キースの手を取り、引き上げてもらう形で立ち上がると、近くで見学していたシェリがスライム状態の水竜を抱え、ぱたぱたと駆け寄ってきていた。
「二人ともお疲れ様でした。もうお昼ご飯が出来ているそうですよ」
「丁度いいタイミングでしたね。……マリナさんとヴァン君は?」
「先に向かってますよ。私たちも行きましょう」
シェリがそう言うと、促すように水竜が俺の肩に飛び移る。
さっきまで動き回って火照った身体に水竜のひんやりとした冷たさはとても心地良く、疲労が解消されていくようだ。
「……そうだな」
水竜を撫でながら応え、俺たちは食堂へ向かうことにした。
エルシャナに滞在するようになってから、気づけばもう十日が経過していた。
当初はどうなることかと思っていたが、アッシュやニコを始めとした街の人達にも歓迎され、王都にいた時よりも遥かに充実した日々を送れている。
要因の一つとして万年Eランク、ろくに術式も使えない雑魚、無能なスキル持ち――等と馬鹿にされたり、嘲笑の眼差しを向けられることがなくなったのが大きい。
罵倒されることには慣れていたつもりだったが、どうやら自分で思った以上に堪えていたらしい。
……普通に考えれば、慣れる方がおかしいのか。
それと街に来てから変わったこともあり、その一番の変化が水竜だ。
最初は街にいる間、水竜をカードから出すかどうか悩んでいたが、キースやシェリの助力もあって街の人間には、俺の使い魔として受け入れてもらえるようになっていた。
それでも俺以外の人間には近寄るどころか、指示を出さない限り俺から全く離れようとしなかった水竜だったが、外に出しているうちに少しずつ離れて行動するようになって、人への警戒心も解けてきている。
今ではシェリとキース、それとアッシュの三人には特に気を許しており、触られても問題ないまでになっているようだった。
館の中に入り、食堂の扉が見えてきたところで、ふいにシェリが「あっ」と口を開いた。
「そういえば……この前ニコさんが持ってきた依頼、もう少しで全部消化出来そうですね。あと残っている依頼って何がありましたっけ?」
「エルド地下神殿跡の調査ですね。最近、そこで魔物の焼死体が多く発見されているらしく、その原因を探ってきて欲しいとのことでした」
「地下神殿、かあ……。あそこ、ゴースト系の魔物が出没するから苦手なんだよなあ。人選はもう決めているんですか?」
「ええ、勿論。今回はヴァン君とシェリさん、それとジェイクさんの三人で行ってもらうかと思ってます」
え!? 俺とシェリの声が重なる。
「キ、キースさん……!?」
「苦手としているところ申し訳ないですが、調査となるとシェリさんの感知能力は必要となってきますのでよろしくお願いします。ジェイク君は……ヴァン君の見学ですね。彼の戦い方は今の君には参考になる部分が大きいと思いますので、是非勉強していただければと」
「分かった」
「はい……分かりました」
隣で表情が青褪めるシェリに俺は内心、哀れみを向けるのだった。
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