閑話

「ちょっとジーン! これは一体どういうことなの!?」


 王都の下町にある小さな宿屋の前で、白金の長髪を靡かせる少女が怒り混じりに声を張り上げた。

 薄墨色の丸く大きな瞳が睨めつける先にいるのは、二振りの剣を携えた金髪の青年だ。


 彼の手には金銭が入れられた袋があり、すぐ側にいる宿屋の主人から手渡されたものだった。


「……なんだ、エレシアじゃねえか。どういうことって見りゃわかんだろ。用心棒代を貰っているんだよ。ここんところ何かと物騒だからな。何か良からぬことに巻き込まれないように俺らが面倒見ているわけ」


 悪怯れる素振りも一切見せず飄々とジーンが答えるが、エレシアにその言い分は一切通じることはなく、寧ろ怒りに拍車をかけるだけとなる。


「だからってお金を取るのは話が違うでしょ! こんなのおかしいよ!」

「まあ、落ち着けって。別にこれは互いにとって悪い話じゃない。俺らが幅を利かせることで、ここらの人達は悪い奴らに狙われずに済むし、俺らは更に組織を強固にできる。つまりウィンウィンってわけ」

「そんなのお金を貰わなくたってできるよね。……父さんだったらこんなこと絶対にしなかったし、させなかった」

「ふん、今更死んだ先代の話をしても仕方ねえだろ。今の首領はグウィンだ。文句があるならあいつに言いなよ」


 ジーンの口振りからエレシアは、裏でグウィンが糸を引いていることを察する。


 まさか……首領が絡んでるっていうの?


 今から六年前、冒険者組合本部との会合の為に王都を離れ、その道中で災害に巻き込まれて亡くなった父に代わり、首領の座を引き継ぐこととなったのが当時副領を務めていたグウィンだ。


 多くの人脈を持っていたグウィンの手腕によって瞬く間にメンバーはかなり増え、王都の五大勢力に数えられるほどギルドは巨大化に成功した。

 だが、ギルドが大きくなればなるほどエレシアにとって居心地の悪いものへと変わっていった。


 新しく入ってくる構成員は柄の悪そうな人間ばかり。

 ジーンもグウィンが首領になってから加入した中の一人だ。


 一応、全員冒険者ランクは最低でもCランク以上と実力こそあるが、弱者への風当たりは酷いものだった。


 元々在籍していたメンバーのうち、冒険者のランクが低い者の多くは追い出され、そうでなくてもグウィンのやり方に反発してギルドを脱退したりで、今ではギルドに残っているのはエレシア一人となってしまっている。


 つい最近までもう一人、幼い頃からずっと共に育ってきた幼馴染みが残っていたが、とうとう彼もギルドを追いやられてしまった。


 エレシアがそのことを知ったのは、彼がいなくなった日の晩。

 彼と入れ違う形で任務からギルドに戻ってきた時のことだった。


 一言も会話を交わすことのできないまま離れ離れになってしまったことが今も胸に引っかかっている。


「ま、そういうわけだ。じゃあ、後でな」


 ジーンはエレシアの肩にポンと手を置くと、薄笑いを浮かべてこの場を立ち去って行く。


「ちょっと――」


 すぐに引き止めようとするが、宿屋の主人に制止させられた。


「エレシア、いいんだ。私たちのことは気にしないでくれ」

「でも……!?」

「私たちのために怒ってくれただけで十分だ。それに物騒なことが起きているのは本当だからね」


 被害に遭っているはずの主人にこうも宥められては、これ以上強く言うことができず、エレシアは憤った感情をグッと奥歯で噛み締め、飲み込んだ。


 主人の言う通り、ここ最近の王都周辺では不穏な事件が起こっている。

 山賊や夜盗による被害の増加、上位等級の魔物の活発化、そして国境に続く街道で発生した謎の巨大な爆発跡と広範囲に及ぶ地面の消失。


 確かに治安に影響しそうなことばかりではあるが、それでもやはり住民から金を巻き上げるのは話が別だ。


(父さんだったら、こんな時どうしていたのかな……?)


 自分が幼い頃に母が病気で死んでしまってから、ずっと男手一つで自身を育ててくれた父の言葉を思い返す。


 ――ギルドは、力無き人々によって支えられている。

 だから、俺たちが何より大切にしなきゃならないのは、彼らとの信頼関係だ。


 ……やっぱり、こんなの間違ってる、エレシアは強くそう思う。


「ところで、エレシアはなぜここに? 偶然通りかかったと言うわけではないのだろう」

「うん、まあ……ジェイクの行方を知りたくて。おじさんだったら何か知ってるかなって思って来てみたんだけど……」


 宿屋を訪れた理由は、王都を出て行ってしまった幼馴染みジェイク・デュエイルムの動向を探るためだ。

 彼が王都にいる間の下宿先として部屋を貸してくれていた主人であれば、何か有力な情報を掴んでいる可能性が高いと踏んで来たわけだが、どうやら予想は当たっていたらしい。


 主人はわずかに眉を顰め、暫しの沈黙を挟んでから口を開く。


「恐らく、ジェイクはエルシャナに向かったはずだ」

「エルシャナって……あの国境近くにある辺境の街だよね。でも、どうしてそん場所に?」

「ジェイクがここを発つ時に伝えたんだ。もしかしたらジェイクの故郷がその街かもしれない、と。昔、トーマスからそんな話を聞かされて、不確かな情報だから伝えられずにいたけど、もう会う機会があるかどうかも怪しかったからせめてもと思ってね。しかし……その日に正体不明の戦闘跡が残った事件が発生しているだよな? 巻き込まれていなければいいんだが……」

「ジェイクならきっと大丈夫! ジェイクって危機回避能力は高いし、悪運もかなり強いから」


 心配そうにする主人にエレシアはにこりと笑って答える。

 決して気休めではなく、本心からそう思っている。


 ジェイクは冒険者ランクがEとかなり低く、魔力量も魔力操作の精度もランク相応。

 おまけに一才の術式を習得できず、折角顕現したスキルもそこまで有用とは言えない代物である。


 だが、格上の魔物相手にも臆することなく挑み、倒せずとも時間を稼ぎ、五体無事に生還できる立ち回りを可能とする実力はある。

 ギルドの皆はそんな彼を馬鹿にし続けていたが、時間をかけていけば高ランクに昇級できる才能はあるはずだ。


 そんな彼だからこそ――。


「エルシャナ……か」


 ふと、一つの願望が浮かぶ。

 しかし、それではギルドの悪行を看過することになる。


 私情を叶えたいところではあるが、父の遺したギルドでこれ以上好き勝手するのを見過ごしたくもない。

 せめぎ合う葛藤にどうすればいいのか頭を悩ませていると、主人が「エレシア」と声をかけてきた。


「君の好きなようにやりなさい。皆んなのことを考えてくれるのは嬉しいが、それよりも自分の気持ちを優先していいんだ。トーマスだって、無理にギルドの問題を解決して欲しいとは思っていないはずだから」

「でも、それじゃあ……!」

「大丈夫。彼らだって事を大きくしたくはないはずだから、無理な要求はしてこないはずだ。だから……私たちのことは気にせず行ってきなさい」


 完全に考えていたことが見透かされ、堪らず苦笑が漏れる。


「……ごめんね」


 呟くようにして謝ると、何故か主人は優しげに微笑んでみせた。


「どうかした?」

「いや、ジェイクとも似たようなやりとりをしたと思ってね。……また君達が無事に再会できることを祈っているよ」

「うん。ありがとう、おじさん。それじゃあ……行ってくるね!」


 ――決意を固め、少女は出発する準備の為に勢いよく踵を返す。

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