17年振りの帰宅

「あ、お帰りなさーい。任務はどうでしたか?」

「大群化、並びに変異体も出現していました。変異体はその場で討伐、通常体も数を減らしておいたのでしばらくは問題ないでしょう。これが変異体から回収した身体の一部です」

「げげっ、もうそんなになっちゃってましたか」


 苦々しい表情を見せるニコをよそに、キースは何もないところから変異体の尻尾の針を取り出す。

 これも虚空操作のスキルによるものかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 しかし間近で見ると、針というよりも刺突に特化した槍のような見た目をしている。

 このまま柄を取り付けるだけで武器に転用できそうだ。


「あー、確かにこれは変異体のもので間違いないですね。これは支部長に報告して対策に本腰を入れなきゃ駄目そうですねー」

「それが賢明かと。年々、ロックスコーピオンが大群化するまでの期間が短くなってきていますから。もしかすると日照りが影響を及ぼしているのかもしれませんね」

「うんうん、それは十分に有り得ますな。ロックスコーピオンって水に弱いから、今の環境は彼らにとって繁殖にぴったりなんでしょうね〜」

「変異体が出てくる分には私が対処すればいいだけの話ですが、それでは根本的な解決にはなりませんし……厄介な問題ですね」


 井戸端会議のような軽いノリで話すような内容ではないだろ。

 ツッコミたさはあるけど、静観しておいた方が良さそうだな。


「まあ、何はともあれお疲れ様でしたー。こちらが報酬になりますので、どうぞ持って行っちゃってください!」

「ありがとうございます。では、これで失礼します」


 キースはニコから報酬金が入った袋を受け取り一礼すると、踵を返し外へと出て行く。

 俺も一緒にこの場を後にしようとした時、不意にニコに引き留められた。


「あ、ジェイクさんはちょっと待ってくださーい。それとシェリちゃんも」

「……何か用か?」

「いや大したことではないんですけどね。そういえばジェイクさん、まだ宿泊場所って決まってなかったよなーって思いまして」


 ……そういえば、まだ宿を取れてなかったな。

 立ち寄る暇もなくあっちこっち回っていたからすっかり忘れていた。


 まだ部屋が空いてる宿があればいいんだが……。


「ああ……そうだけど」


 そう答えるとニコは嬉しそうにパンと音を立てて両手を合わせる。


「おー! 良かった、それなら好都合です。それだったら良い場所があると、支部長から伝えられてましてー」

「お父さんが……?」

「はい、なのでシェリさんにはそこまでの案内をお願いしたいのです」


 ニコが何を言おうとしているのか察したからか、シェリの目が大きく開いた。


「それってもしかして……」

「ええ、案内頼まれてもいいですか――ジェイクさんのお家まで」




 ・   ・   ・




 気がつけば辺りは黄色い光に包まれていた。

 陽はすっかり傾き、空にはうっすらと葡萄色が混じり始めている。


 今晩の食料を調達した後、シェリに先導されながら街の北にある居住区の一角を歩いていると、やがてポツンと佇む一軒家の前に辿り着いた。

 灯りもなく人気の感じない寂れたその家を指差してシェリが口を開いた。


「あれが亡くなった伯父さんたちと……ジェイクさんが暮らしていた家です」

「俺が暮らしていた……家」

「……入りましょうか」


 扉を開けて中に入ると、もう何年も使われた形跡のない家具たちが並んでいる。

 だけど、埃っぽい空気が出てくることはなく、それどころか細かなところまで手入れが行き届いているようだった。


「なんか……思ったよりも綺麗だ」

「時々、お父さんが掃除をしに来てましたから。思い出の場所だから、せめて形だけでも大切に残しておきたいって」


 灯りをつけますね、シェリは天井に備えられている照明器具に魔力を通す。

 明るくなった部屋を見渡してみると、片隅に赤子用の小さな寝台が置かれてあるのが目に止まった。


 あれは……あそこに俺がいた、のか?


 視界に入れたところで、見憶えも懐かしさも一切出てこない。

 だが、俺がここで生まれたという事実がようやく実感として湧いて出てくるようだった。


「たまに私もお手伝いで一緒に来ることがあって、私がジェイクさんの存在を知るようになったのはその時からです。お父さんが初めてこのことを教えてくれた時の顔は今でもよく覚えています。微笑ましい表情を浮かべながらも、どこかとても辛く悲しそうで……当時の私はまだ幼かったけど、それ以上詳しく話を聞くことができませんでした」


 シェリはここで一度言葉を切り、部屋の真ん中に置かれたテーブルを軽く指先で触れる。

 それからちょっとだけ言い淀むが、意を決したように小さく頷くと続けて言ってみせる。


「……でも、同時にこんな考えるようになりました。もし生きていたら、兄妹みたいに一緒に過ごしていたのかなって。いない人のことを考えても仕方ないのは分かっていたんですけど、一人っ子だったこともあって兄の存在に憧れていたんです。だからお昼にジェイクさんを目にした時、本当に嬉しかったんですよ。幼い頃の願いが叶ったみたいで――って、ごめんなさい! 私ばっかりべらべらと喋っちゃって」

「いや、いい。気にするな」


 照れて顔を真っ赤にするシェリが可笑しくて、つい笑みが溢れる。

 初めて見た時はおどおどとして気弱な印象が強かったが、人見知りなだけで本当は素直な性格なんだろうな。


「えっと……私、そろそろ帰りますね。今日の任務の報酬は商会にいらした時にお渡ししますので! では、また明日。今夜はゆっくり休んでくださいね!」


 最後にぺこりと頭を下げて、シェリは慌ただしく家を出ると、駆け足でこの場を離れていく。

 その背中を見送りながら、俺は一日の出来事を振り返る。


 いると思いもしなかった親戚に出会ったり、圧倒的実力のある冒険者の強さを目の当たりにしたり……色々あるけど、充実した一日だったと断言できる。


 そして、改めて俺は思う。

 この街に来て正解だった――と。

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