変異体

「お疲れ様でした、ジェイク君。今ので君の大体の力量は分かりました」


 二人の元へ到着すると、そう言いながらキースは水が入った革袋を差し出してくれた。

 受け取って数口飲み下してから、あんたの期待には応えられたか? と訊ねると、ふっとキースの唇が吊り上がった。


「そうですね……期待以上、と言って差し支えないでしょう。保有する魔力量と魔力操作の精度はランク相応ではありましたが、身体強化と戦闘技術そのものは見事でした。総評すると、現時点での君の実力はCランク相当――付け加えるとBランク一歩手前といったところですね。そして、今伝えた問題を克服したのならAランクにも届く伸び代がありますよ」

「……評価してくれるのは有り難いが、流石に買い被り過ぎた」

「私は事実を口にしたまでです。ここでお世辞を述べても仕方がないでしょう?」


 確かにその通りなのだが、素直に評価を受け入れることができない。

 きっと今まで褒められることがなかったからだ。


 行商人に背中を押された時と同じむず痒さを感じていると、シェリがくすりと笑みを浮かべる。


「キースさんは嘘は言わない方なので、そのまま受け取って大丈夫ですよ。……ところで、一つ聞いてもいいですか?」

「どうした?」

「ジェイクさんの魔力って、その……無属性一つだけですよね? だけど、スライムさんが召喚されてから、急に属性が水に変わったというか……混ざり合ったような感じがして。それに下で戦う直前に、スライムさんの魔力を使って身体強化を重ねがけしてました……よね? これって召喚術によるものなんですか」


 投げかけられた質問に、つい驚いてしまう。

 質問の内容というよりは、他者の属性を見分けたことに対してだ。


 普通、術式を発動する前に他人の属性を判別するのはまず無理なのだが、アッシュが水竜の擬態を一目で見破ったことを顧みれば、シェリの芸当にも納得はできる。


 やはりアッシュの娘なんだな。

 人並み外れた魔力の感知能力は父親譲りのようだ。


 ただ、質問に答えることは一向に構わないのだが、満足させられそうな回答は持ち合わせていない。

 嘘つく理由もないし、とりあえずありのままを話した方が良さそうだ。


「――悪いが質問には答えられない。というのも、このスキルについて俺自身もまだよく分かってないんだ。一つ言えるとすれば、一般的な召喚術と俺の召喚術は性質が違うっていうくらいか」


 はあ、と生返事をするシェリ。

 逆にキースは合点がいったのか、少しすっきりした様子で首を頷かせていた。


「――となると、君の召喚対象はそのスライムではなく、直前に取り出したカードということですね?」

「……見抜いていたのか。ああ、その通りだ。俺が召喚できるのは魔力で出来たカードだけ。こいつは召喚したカードから出し入れしているだけだ」


 試しに繰出コールで白紙のカードと水竜の召喚カード、それと何枚かの術式カードを召喚して二人に見せる。

 水竜のカードを見せてから、こいつは見せるべきではなかったと懸念を抱いてしまったが、今更隠して変に勘付かれるのも嫌なので、とりあえず説明を続行する。


「元々は何の効果もないただの真っ白な紙切れを召喚するだけのスキルだったんだ。でも訳あってこいつと契約を交わしたら、急にカードに絵柄がつくようになって、おまけに能力も宿るようになった。それが二週間前のことだから、俺も効果の全部を把握しきれていないんだ」

「そういうことだったのですね。であれば、分からなくても仕方がないですね」


 そうだ、まだ俺はこのスキルについて知らないことだらけだ。

 契約相手にできる対象はどこまでなのか、契約した際に生成されるカードの内容は決まっているのか、今把握している使い方以外にもカードの活用方法はあるのか。


 スキルは使えるようになった時点では、一部の力しか引き出すことができない。

 使用者が長い時間をかけて鍛錬を積み、能力への理解を深めていくことでようやく十全に効果を発揮可能になるというのが通説だ。


 それでも顕現した時点で即実戦に組み込めるくらいの力は秘めているから、俺は役立たずと烙印を押されてギルドを追い出されたわけなんだけど。


 内心、自分に苦笑していると、ふとキースがサングラスのブリッジに指を押し当てながら気になる発言を口にする。


「――しかし、君の召喚術は私が話に聞いてきたものとだいぶ毛色が異なっていますね」

「それって、どういう……?」


 シェリが首を傾げて訊ねるが、俺としては、まあそうだろうなとは思う。


「召喚術で召喚できる対象は、スキルが顕現した時点で既に決定されていて、後から違う相手と契約を交わすなんて行為自体が起こり得ないのですよ。加えて、そもそも非生物が召喚対象というのも初耳です。つまり、ジェイク君の召喚術はかなりの例外ということになりますね」

「そうだったのか。それにしても……召喚術に詳しいんだな」

「以前にいた街で何人かの召喚術士から話が聞く機会があったものですから。とはいえ、聞き齧った程度の知識ですので、頭の片隅に留めておく程度にしておいてください」


 キースがそう言い終えた瞬間、シェリは何かに気づき、顔を強張らせて窪地に視線を移した。


「――キースさん! 変異体が発生しています!」

「……どうやら少し遅かったようですね。それでは、残ったロックスコーピオンを片付けるとしましょうか」


 直後、地面の中から巨大なロックスコーピオンらしき魔物が姿を現した。

 高さは四メートルくらいはあり、俺がさっき倒した奴らよりも尻尾の針と触肢の鋏が二回りほど大きくなっていた。


「何だ、あのでかいのは……?」

「あれもロックスコーピオンです。ただし、強さは別格ですがね。ロックスコーピオンの生態として同じ場所で大量発生すると群の中から一匹だけ突然変異を起こす場合があって、こうなると大群を相手にするよりも討伐難易度が上がってしまうので、発生する前に数を減らしておきたかったのですが……」


 口惜しむように言うキースではあるが、眉一つ動かすことなく淡々としている。

 シェリも表情が硬いままではあるが、取り乱すことなく平静を保っていた。


「……大丈夫なのか?」

「ええ、何も問題ありません。多少、倒すのが面倒になるだけでやることは何も変わりませんから」


 キースはそう言うと、スーツのボタンを外し、背中に隠した得物――二本のトンファーを取り出す。

 トンファーはそれぞれ白と黒で色が分かれていて、どちらも木製ではありそうだが、金属よりも遥かに硬度が上回っているように見える。


「では、選手交代です。あなたが自身のスキルについて情報を開示してくれたお礼として、私もスキルをお見せするとしましょう」


 そして、右手に黒、左手に白のトンファーを握り締めると、変異体のロックスコーピオンを倒すべく下へと飛び降りていくのだった。

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