重なる身体強化
窪地の底まで一気に下りると、早速近くにいた一匹のロックスコーピオンが俺の存在に気づいた。
近くで見てみると甲殻は岩石をそのまま纏っているかのようにごつごつとしている反面、頭部近くから生えている鋏のような形状をした大きな触肢は、骨くらいならを易々と断ち切ってしまいそうなほど鋭利に研ぎ澄まされている。
ロックスコーピオンはレイピアのような尻尾の針をこちらに向けながらシャーと威嚇の音を発すると、群れの仲間もすぐに反応して俺を取り囲むように近づいてきた。
「六匹……ね。それにしても統率がかなり取れているな。けど、少し前に戦った……そうだ、サーストウルフよりはやりやすそうではあるか」
力一杯に斬りつけても弾かれるだけで終わってしまいそうなほどに強固な甲殻がある代わりに機動力は大して高くはなさそうだ。
尻尾の針と触肢の鋏には気をつけながら、甲殻の隙間を狙って攻撃すれば勝機は十分にある。
本当ならわざわざこうして近づかなくても、崖上から術式を何回か発動させるだけで数匹程度なら仕留めることはできたと思う。
でもそうしなかったのは、なるべく術式に頼らない戦闘を経験しておきたかったからだ。
いくら強力な術式を行使できたとしても、最終的に重要になるのは俺自身の戦闘能力だということはサーストウルフとの戦いで痛感させられた。
魔術を主体に戦う人の多くは、どうしても接近戦に持ち込まれると不利な状況に陥ってしまう。
その為、距離を詰められないように下級の魔術で牽制したりするわけだが、残念ながら俺の場合はそうはいかない。
カードに刻まれた術式を一度使用したら、下位の術式だとしても再び使用可能になるまでに数分はかかってしまうからだ。
しかも同じカードは二枚までしか召喚できないこともあって、術式だけで戦おうとすると、手札が文字通りあっという間に尽きてしまう。
だからスキルの力が覚醒したとしても、それとは別に近接戦闘のレベルを上げなければならなかった。
それにキースがわざわざ連れて来る必要のない任務に俺を同行させたのは、俺の実力を推し量るためだ。
だったら、彼に見せるべきなのは俺の最大限に発揮できる戦闘技術だ。
俺としてもAランク冒険者から見て、現時点での自身の実力がどんなものか気になるし、丁度いい機会でもある。
「行くぞ、落ちるなよ。それと……頼む、力を貸してくれ」
肩に乗ったままの水竜に小さく呼びかけると、キュッ、と声が返ってくる。
水竜からの魔力が直接、体に流れ込むのを感じながら、俺は更に身体強化を重ねて強く地面を踏み込んだ。
最初に遭遇したロックスコーピオンの間合いに入ると同時に、迎撃で繰り出された尻尾の刺突を避けながら背後に回り込む。
一撃で仕留めるつもりだったのか、俺を追うようにして鋏で両断しようとするが、その時点で既に攻撃範囲から抜け出ていた。
攻撃直後で大きな隙が生じた間に、俺は尻尾と胴体を繋いでいる可動部に狙いを澄まして剣を振り上げる。
若干、甲殻に刀身が引っかかってしまうが、尻尾を斬り落とすことに成功する。
更に間髪入れずに腹部の側面にある甲殻に覆われていないところへ剣を突き刺してから一気に引き抜くと、ロックスコーピオンは微かに触肢と脚を動かすだけで程なくしてピタリと行動が止まるのだった。
その間にも、俺は近くにいたロックスコーピオンを標的に定め、今度は攻撃をされる前に左右の触肢を根本から斬り落とす。
背後に抜けながら、側面の体表が剥き出しになっている箇所を斬り裂きながら通り抜けて、別のロックスコーピオンを仕留めにかかる。
岩石のような甲殻は厄介ではあるが、倒す感覚さえ掴めればあとはもう時間の問題だった。
触肢か尻尾のどちらかを両断し、防衛手段が手薄になった腹部を斬撃を浴びせる。
繰り返すこと四つ、最後の一匹に至っては目が慣れてきたおかげで、繰り出された尻尾も鋏も掻い潜り、初撃で腹部を斬り裂き屠ってみせた。
「……よし、これで全部か。ありがとな」
全部のロックスコーピオンが動かなくなるのを確認してから、ずっと肩の上でくっついている水竜を撫でてやると、気持ち良さそうにキュキュ、と鳴き声を上げる。
サーストウルフと戦った時と比べると、今の戦闘は精神的にもかなり余裕を持って終わらせることができた。
前提に討伐推奨ランクの差もあるが、それよりも水竜がくっついてくれていたことが最大の理由だ。
水竜と身体を密着させることで、身体強化の効果は最大まで引き上がる。
予想ではあるが恐らく、俺自身の魔力での身体強化と水竜の魔力での身体強化が重複して効果を発揮するからだろう。
おかげで俺一人ではまだ到達し得ない水準での身体強化を施した状態で戦闘が可能になる。
難点があるとすれば、身体強化のための魔力をカードを介さずに受け取る必要があるせいか、少しでも体が離れてしまえばパスが途切れてしまうことだ。
そのせいでサーストウルフとの戦闘では水竜の魔力供給を受けられずにいた。
今後のためにも多少距離があったとしても、安定して魔力を受け渡しできる経路を確保する方法を見つける必要がありそうだ。
「ないものねだりしても仕方ないけど、こうなるんだったらあいつからパスを繋げる方法を聞いておけばよかったな」
ため息を溢しつつ、最後にロックスコーピオンの尻尾の針と鋏を幾つか回収してから、上で待っているキースの元に戻ることにした
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