任務同行と見極め

 俺とキース、それとシェリ。

 任務のために三人で街の外に出てからしばらくして、街道から大分外れた先にある地点でキースがふと足を止めた。


「到着しました。ここが目的地、エルーナ湖跡です」


 そう言って指し示した先にあるのは、遠くまで見渡すことができるほどに広大な窪地だった。

 街道周辺よりもここら一帯のかなり干ばつ化はかなり進行しているようで、草木の枯れようも酷く、心なしか気温も高くなっているように感じる。


「湖跡って……まさか、この窪地全部が元は湖だったっていうのか?」

「ええ、その通りです。とは言っても、私がこの街にやって来た頃には既に八割方水は干上がってしまっていましたが、近年の日照りが影響して今ではこの有様です」

「……酷いな。これほど大きな湖が無くなったとなると、街は混乱したりしなかったのか?」

「えっと……そこは大丈夫、です。街の水は地下から汲み上げた湧き水を利用していますし、元々ある事情で湖から水路は引いていなかったみたいですから」


 答えたのは一番後ろを歩いていたシェリだ。

 未だに距離感を計りかねているのか、慎重にこちらの様子を窺っているように見える。


 まあ、それは俺もだからあまり人のことは言えないのだが。


「なるほど、だからこんな環境下でも街に活気があったという訳か」

「そうですね。ただ、地下水源もあと何年持つか……。この地域には大きな河川がありませんから、水が枯渇してしまったら街を放棄せざるを得ないほどの死活問題になってしまいます」


 まだこの地域を訪れてまだ一日も経っていないというのに、現状を知れば知るほど、話で聞いていたよりもエルシャナが抱える干ばつが深刻だということが嫌でも思い知らされる。


 これほどになると同意はできないが、領主が王都に逃げ出したくなるのも分かるような気がする。


「――さて、世間話はこれくらいにして、そろそろ任務を始めましょうか」


 キースはサングラスのブリッジを指で押し上げると、そのまま窪地の底に向かって指を差す。

 何があるか視線を凝らしてみると、岩石のような甲殻と巨大な針がついた尻尾を持つ虫型の魔物が群れで徘徊していた。


「おさらいになりますが、この窪地の下にはロックスコーピオンという虫型の魔物が五匹前後の群れを組んで生息しています。基本夜行性なので日中は地面の中で過ごしていますが、数が多くなると昼間でも活動する個体が出てくるようになって、こうなると大量発生する前兆ですので、そうなる前に数を減らして欲しい、というのが今回の任務内容です」

「……要は間引きしろってことだよな」

「そういうことです。大群を相手にすると討伐推奨ランクは跳ね上がりますが、複数体であれば討伐推奨ランクはDですので、サーストウルフを倒した君であればそう苦労することなく対処できるはずですよ」

「それならいいけど……でも、あいつら数十匹単位でいないか?」


 確かに一つの群れにいるのは、五匹程度だ。

 だが、群れの数はというと軽く見ただけでも十近くは確認できる。


 弱腰かもしれないが、あれら全部倒せっていうのはかなりきついぞ。


「そこは安心してください。倒すのは一つの群れだけで大丈夫ですので。そうしたら後は私とシェリの二人で片付けます」

「……分かった。すぐに終わらせるから見ていてくれ」


 鞘から剣を引き抜き、繰出コールで水竜のカードを呼び出す。


「来い――召喚サモン


 キュピッ! と鳴きながらカードから出てきたスライム状態の水竜を肩に乗せると、キースとシェリがそれぞれ反応は異なるが水竜に興味を示していた。


「召喚術ですか。スライム……というよりは、直前に出したカードを召喚するスキルと見るべきか。それにしても、変わったスライムですね」

「わぁ……可愛いスライムさん! 触ったらぷにぷにして気持ちよさそう。……って、あれ? 属性が変わって……?」


 水竜は二人の存在に気づくと、警戒してすぐさま俺の陰に隠れてしまう。

 キースは特に気にする素振りも見せなかったが、シェリはしゅんと表情に翳りを見せていた。


 こいつが人を怖がるのは仕方ないけど、そろそろ少しは慣れさせる必要はありそうだな。


 いくらカードの中から外の状況を把握できるとはいえ、いつまでもカードに入れておくのも可哀想だし、何よりこいつも本当は外に出たがっているのは、カードを通じてなんとなく伝わってきている。

 ただ、ちょっとだけ俺以外の人間と接することを恐れているだけだ。


 せめて数人だけで良いから、気を許せるようになるきっかけを見つけてやらないとな。


「悪いな。こいつはあまり人が得意じゃないんだ。けど、嫌いなわけではないから、よければ仲良くしてやって欲しい」

「わ、分かりました……! 頑張ってみます!」


 両手の拳を握り締め、そう意気込むシェリに俺は「助かる」ふっと笑みを返す。


「――よし、それじゃあ行ってくる」


 そして、全身に身体強化を施し、ロックスコーピオンを討伐すべく、窪地の底に向かって斜面へと駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る