エルシャナの冒険者
ニコに連れられてやって来たのは、街の中心区にある二階建ての館だった。
建物の大きさから敷地の広さまで他の建物と比べて二回り以上はあり、離れたところからでもすぐに見つけられるほど目立っている。
「――でかいな。いくら街で一番の商会の拠点といっても、いくらなんでもこれは豪勢過ぎないか?」
「元々はここを治めていた領主の屋敷でしたからねー。ただ、五年前ですかね。エルシャナ周辺で日照りが発生するようになってから、こんなところに住んでいられるかー! って、領主としての役目を放棄して王都に移住してしまいまして。もぬけの殻になったところをスパーダ商会が買い取ったみたいです」
「……色々と話がぶっ飛んでるな。けど、そんなことをして大丈夫だったのか?」
「ええ、当時は結構揉めたみたいですけど、そこはスパーダ商会の会長が国の偉い方と直接話をつけて解決したみたいですよ。だからよく知らないけど、今この街は国が直接管轄する特別指定区って扱いらしいです」
さらっと説明しているが、国の政治に介入するなんて、一商人がそう簡単にやってのけられることではない。
どうやら俺の想像以上にスパーダ商会は街に絶大な影響を及ぼしているし、会長は相当な手腕の持ち主らしい。
「さて、それじゃあ中に入りましょうかー。この時間なら他の冒険者の方々とも会えると思いますよ」
ニコに案内されながら玄関を抜け、階段を上がり、二階の隅の部屋まで移動する。
「ここが冒険者さん達の待機部屋です。任務がない時は、大体ここにいるか他の方のお手伝いをしてますね」
冒険者組合のニコでーす、任務書を届けに来ましたー。
ニコは扉をノックしてから、部屋へと入っていく。
続いて俺も部屋に入ると、そこにいたのは四人の冒険者と思わしき人物たちだった。
「お、皆さんお揃いでしたか〜」
大人の男女が二人と、俺より少し歳下と思われる少年少女が二人。
人数こそ少ないが、全員が手練れだということは一目で分かった。
あくまで予想だけど、低く見積もってもBランク以上はあるだろうな。
これなら任務の数が多くなければ、大体なんとかなるというのもあながち嘘ではなさそうだ。
「あら、ニコちゃん。今日も任務書持って来てくれてありがとうね。……あら、後ろにいるイケてそうな彼は?」
いち早く俺とニコに気づいたのは、緩くウェーブのかかった赤い長髪とたわやかな微笑が印象的な女性だ。
年齢は二十代半ばといったところで、傍に若緑の宝玉が先端に埋め込まれた長杖を立てかけているあたり、恐らくは魔術士だと思われる。
「この方はジェイクさん、ちょっと前にこの街に到着したばかりの冒険者さんです」
「ジェイク・デュエイルムだ。よろしく」
簡潔に自己紹介をした途端、全員の目の色が変わり、大方の理由はすぐに見当がついた。
「……なあ、あんた。今、まさかデュエイルムって言ったか!?」
逆立った亜麻色の髪を後ろに流している少年に訊ねられ、やっぱりか、と口の中で呟く。
アッシュの姿を目の当たりにした今なら、驚かれても無理はないと思う。
否定する理由もないので問いかけに対して首肯してみせると、すぐにニコが補足を付け加える。
「ふっふーん、聞いて驚かないでください。なんとですね……ジェイクさんは支部長の生き別れた甥っ子さんなんですよ!」
「え、甥っ子……? ……ああ、甥、ね。……ん、甥? ……おい、それって……はああああああっ!?」
「……ニコさん、普通はそれを驚くなという方が無理があるのでは?」
「えー……そうですかね?」
絶叫する少年をよそに、俺が思ったのと同じことを冷静に指摘したのは、黒い丸型のサングラスをかけた鷲色の髪の男だった。
炎天下の気候にも関わらず、黒を基調としたスーツを涼しげな顔でかっちりと着こなしており、歳は三十前後くらいに見受けられる。
「――まあ、いいでしょう。私は、キース・バーランドと申します。以後、どうかお見知りおきを」
キースはニコから俺に視線を移すと、値踏みするようにじっくりと見つめてから、座っていたソファを立ち上がり、丁寧な所作で頭を下げた。
「キースさんはAランクの冒険者さんなんですけど、その気になればSランクの冒険者さんにも匹敵する凄い方なんですよ」
「Sランク……!?」
「前から言っていますが買い被り過ぎです。私程度の実力では、到底彼らには及びませんよ」
「またまた〜、謙遜しなく立っていいのに。キースさんの実力は支部長も認めているんですから、もっと堂々としてくださいな」
頑なに認めようとはしないキースだが、俺もニコの評価には同意だ。
『鴉の宿木』にはジーンを含め、何人かAランクの人間はいたが、彼らを見て来たからこそ分かる。
立ち振る舞いや漏れ出る魔力からして、間違いなくキースの方が格上である。
「あ、ジェイクさん。一緒に他の方も紹介しますね。こちらの綺麗なお姉さんがマリナ・ウェルクスさん。それとさっき大きな声で叫んでいたのがヴァン・ガルドくんです」
「うふふ、綺麗だなんて嬉しいこと言ってくれるわね、ニコちゃん。今度一杯奢っちゃうわね。……と、そうだった――改めまして、マリナ・ウェルクスよ。冒険者ランクはA、よろしくねジェイクくん」
「……ヴァン・ガルド。ランクはB、ヴァンでいい」
マリナはパチリとウィンクをしながら、ヴァンは何故か少し太々しい態度で挨拶をした後、ニコが残す少女に視線を向ける。
……そういえば、彼女だけまだ一言も発していないな。
肩先で切り揃えられているふわりとした黒髪の少女を見やる。
ふと少女の
「そして、さっきから物静かにしている女の子がシェリ・
彼女の驚きと緊張が入り混じったような表情につられるようにして、心臓がどくりと強く鼓動するのを感じた。
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