街の冒険者事情

 俺の近況を話し終えると、今度は自然と俺が質問を投げかける番に回っていた。


 エルシャナがどんな街なのか、という質問から始まり、次第に俺の両親についての話題に変わっていった。


 両親はどんな見た目だったのか、どういう性格をしていたのか、赤ん坊だった頃の自分とどういう風に接していたのか。


 王都にいた頃は興味がないからと、両親のことについて触れることは一切無かったが、気づけばどんどん踏み込んでいたことは自分でも驚きだった。

 本当はずっと気になってしょうがなかったのだと、今頃になって俺はそう思う。


 そして、丁寧に答えてもらい、知りたかったことをあらかた聞き終え、部屋を出ようとした時だ。


「最後に一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」


 少し険しい表情を浮かべながら、隣に移動してきたアッシュにそう訊ねられた。


「……どうかしたか?」

「ジェイク、お前が今、肩に乗せているスライム――そいつの正体はなんだ? さっきからずっと気になってはいたんだが、スライムにしては……いや、他の魔物と比較しても魔力の密度、純度共に桁外れだ。……本当にそいつはスライムなのか?」


 想定外の質問を投げかけられ、アッシュの慧眼についつい感心してしまう。

 まさか水竜が擬態していることを言い当てられるとは思いもしなかった。


 どうする、白を切るか……いいや、ほぼほぼ確信されているから誤魔化しは通じないだろうな。

 それに一人で水竜の正体を隠し通すより、信用できそうな人間を見つけてあらかじめ正体を明かしておいた方が得策か。


 ちょっとだけ思い悩んでから俺は、正直に答えることを選ぶ。


「――よく分かったな」

「魔力の感知能力は人一倍高くてな。ということはやはりそうか」

「ああ、こいつの正体は――ドラゴンだ」


 流石にスライムの正体がドラゴンとまでは予想がつかなかったのだろう。

 瞬間、アッシュに限りない緊張が走ったのが見てとれたので、すかさず手で制した。


「大丈夫だ、ドラゴンとはいってもまだ幼体で、人に危害は加えることもないから安心してくれ。軽く説明しておくと、こいつはスライムの特徴をした水のドラゴンで名前は知らない。俺はとりあえず水竜と呼んでいる」

「スライムの特徴をしたドラゴン、か。……なるほど、それなら異様なまでの魔力の質の高さにも合点がいく」


 一人納得するアッシュの傍で、俺はこっそりと背後に隠れたままの水竜に意識を傾けてみる。


 ……俺にはさっぱりだな。


 集中すれば身体から溢れ出る魔力量くらいなら推し量ることはできるが、密度とか純度とかとなると話は別だ。


 もしカードがなければ、俺はこいつと普通のスライムが並んでいたら見分けられる自信がない。

 それほどまでに水竜の擬態能力は高く、実際にこの状態の水竜を見た人はただのスライムとしか見ていなかった。


「……その、できればこいつの正体については伏せておいてほしい」

「分かっている。街の中にドラゴンがいるということが知れ渡ったらパニックになるのは目に見えているからな」


 助かる、そう頭を下げると頭の上にポンと手を置かれ、そのままわしゃわしゃと撫でられる。

 なんだか子供のように扱われている感じはしたが、不思議と嫌な気はしなかった。


「――時間を取らせたな。また今度、ゆっくりと話をさせてくれ」


 最後にそう言い残してアッシュは部屋を後にする。

 俺も水竜をカードに戻してから、彼の後ろを追った。




「あ、ジェイクさーん。こっちこっち〜」


 カウンターに戻ると、さっきの受付嬢が俺に向けて大きく手を振っていた。


「あんたはえっと……」

「あ、そういえばまだ名前言ってなかったですね。ニコ・ブルーノです。これからよろしくお願いしますね〜。……と、そうだった、支部長と話されている間にジェイクさんが受注可能な依頼見繕っておきましたよー」

「……わざわざやってくれたのか。ありがとう」

「ふっふ〜ん、礼には及びませんよ。何せ暇を持て余していただけですから!」


 のほほんとしながらも自慢げに胸を張るニコに、思わず苦笑を漏らす。


「それ堂々と言うことじゃない気がするが」

「ほんとのことですからねー。この街の個人で冒険者業をしている方はいなければ、ギルドも存在していないですから」

「ギルドも……!? じゃあ、エルシャナにある依頼は誰がこなしているんだ?」

「スパーダ商会ですよ」

「スパーダ商会……ね」


 確か、行商人が別れ際にその名前を口にしていたな。

 真っ先に挨拶に行くほどの相手だから、大きな組織だとは思ってはいたが……。


「……商会にギルドが受けるような任務をこなせるのか?」

「はい、その点はご安心を。個人では冒険者をやっている方はいないと言いましたけど、商会には冒険者と兼任で行っている方が何人かいますから。それに王都とかと比べたらそもそもの任務数があまり多くないので、基本はスパーダ商会に在籍している方々だけで事足りますよ。だから私のお仕事は、集まってきた依頼をそのままスパーダ商会に丸投げするだけでーす」

「そういうことか。……あと、それやっぱり胸を張って言えることではないだろ」

「まあまあ、私が暇ということはつまり街にトラブルが起きていないという証じゃないですか。どうか大目に見てくださいな〜」


 調子が良いというか怠惰というか、自由な性格してるな。

 口の中で呟くと、ふと思い立ったようにニコがそうだ、と手を叩いた。


「今ここで任務を決めちゃってもいいですけど、折角ならスパーダ商会に顔を出してみませんか。これから任務書を渡しに行かなきゃならないですし」

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