自身を知る者

 ――少し話がしたい。


 俺と似た男にそう案内されたのは、二階にある一室だった。

 部屋の中にあるのは、大きなテーブルと囲むように置かれた数脚の椅子、それと壁に立てかけられた絵画が一つ。


 応接室、それか会議室として使われている感じか。


「好きなところにかけてくれ」


 男に促され近くの椅子に座ると、男も俺の対峙するように着席する。

 それから少しの沈黙を挟んでから、ゆっくりと口を開く。


「俺はアッシュ・デュエイルム。この街の冒険者組合支部長を務めている。……そして、お前の父――ジェイド・デュエイルムの弟だ」

「……つまり俺の叔父、ということか?」

「ああ、十七年振りだな、ジェイク。またこうして会えるとは思ってもいなかった。……大きくなったな」


 アッシュは目頭を押し付けるように指で抑え、僅かに顔を俯かせる。

 向こうからすれば感動の再会なのだろうが、俺としては初対面という認識でしかなく、特にこれといった感情が湧いてこない。


 父さんの名前も、たった今知ったくらいだ。

 仕方ないといえばそれまでだが、果たしてそれで済ましてもいいのだろうか、なんて疑念を抱いてしまう。


「えっと、その……申し訳ないんだが――」

「何も憶えていない、か?」

「……!? あ、ああ……その通りだ。……すまない」

「謝らなくてもいい。まだお前は生まれて間もなかったからな。憶えていなくても当然だ」


 柔らかな笑みを浮かべてそうフォローするアッシュの表情は、どことなく先代を彷彿とさせた。


 父さんも母さんもこんな風に優しく温かな眼差しを俺に向けていたのだろうか。

 アッシュを見ていると、無性にそんな考えが脳裏を過ぎってしまう。


「ところで、どうしてこの街に来たんだ? 王都や他の街からの評判はあまり芳しくないというのに」

「それ、住民のあんたが言うのか」

「事実だからな。……それで、どうなんだ?」


 アッシュの質問にどう答えたらいいか言葉を詰まらせるが、一考してありのままの事実を打ち明けることにした。


「……『鴉の宿木』というギルドは知っているか?」

「『鴉の宿木』――確か、王都でも五本の指に数えられる屈指のギルドだと聞いている。数年前に首領が代変わりしてから一気に組織が大きくなった分、時折悪い噂も耳にするようになったが……まさかそこに在籍していたのか?」

「つい二週間前までな。……追い出されたんだ、使えないスキルを持つ人間はいらないって理由で」

「……そうか」


 アッシュが沈痛な面持ちで短く相槌を打つ。

 まるで自分のことのように胸を痛めてくれていることに、内心好感を抱きつつも俺は、繰寄コールで全ての発端となったカードを召喚して話を続ける。


「これが俺のスキル、カード召喚だ。一応、召喚術の部類には入るらしいが、喚び出せたのは何の力もない紙切れだけだった。元々、剣の腕もあるわけでもなかったし、魔術の素養もからっきしだったから、もうこうなっては俺をギルドに残す理由もない。追い出されるのはあっという間だったよ」


 追放処分を告げられた時の悔しさと無力感は、今でも鮮明に胸の内に残っている。

 追い出されたことそのものというよりは、ろくな抵抗もできないまま一方的に受け入れることしかできなかった自分に対してだ。


「……でも、おかげでカードに秘められていた力を知ることができた」


 召喚サモン、そう小さく唱えて、喚び出したカードからスライム姿の水竜を顕現させる。


「使い魔、か」

「厳密には違うけど、そんなところだ」


 出てきた水竜はアッシュを一瞬だけ見やると、すぐに俺の肩に飛び乗り、そのまま背後に身を隠した。


「確かに今までずっといた居場所は無くなってしまったけど、代わりにこいつと出会えたと考えれば、悪くなかったとは思ってるよ。だから……その、なんだ……そこまで深刻に捉えないでくれ」

「……お前がそう言うのなら、分かった」

「助かる。……それで話を戻すけど、ここに来ることを決めたのは、王都で世話になっていた人から俺がこの街で生まれたかもしれないって話を聞いたからだ。確実性に欠ける情報ではあったけど、王都を出て行かなきゃならなかったし、他に行く当ても頼れるような人もいなかったからな。だったら、自分の生まれ故郷かもしれない場所をこの目で確かめてみよう――そう思い立ってここにやって来た。そんなところだ」


 話を終えるとアッシュは、ゆっくりと噛み締めるように、なるほどな、と何度か頷いてみせた。


「――事情は分かった。とりあえず色々話したいことはあるが……まずは、生きていてくれて良かった。兄貴とキサラさんが死んで、お前の行方も分からなくなって、こうしてまた再会できるなんて考えてもいなかったから、心の底から嬉しいよ。……本当に大きくなったな」


 ほんの僅かに目を潤ませながらも優しげに笑みをたたえるアッシュに、むず痒さを感じつつも胸の奥がほんのりと暖かくなる。


 ――おやっさん……エレシア。


 同時に俺はふと、三人で暮らしていた時の光景を思い出していた。

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