生まれ故郷

「それじゃあ、俺はスパーダ商会に顔を出しに行くからここでお別れだ。じゃあな、兄ちゃん。冒険者組合はこの大通りを真っ直ぐ行って左に曲がるとあるからな」

「ああ、運んでくれて助かった。ありがとう」

「良いってことよ! んじゃ、またな!」


 無事に街に到着し、門を抜けてすぐのところで男と別れを告げ、俺は男が荷馬車を走らせるのを見送ってから、ひとまず冒険者組合を目指すことにした。


 スライムであれば大した問題にはならないだろうが、騒ぎになられても面倒くさいので街に入る直前で水竜にはカードに戻ってもらっている。


「ここが……エルシャナか」


 俺が生まれ、育っていくはずだった故郷。

 ちょっとでも何か憶えていることがないかと、歩きながら街並みをぐるりと見渡してみる。


 道路も建物も、街全体を囲む壁も全てレンガを建材としており、所々で道の端には周辺の地域では見ることのないヤシの木が生えている。

 王都や他の街々は緑で溢れかえっているというのに、ここだけがかなり風土が異なっているのは、大気中に漂う魔力の属性が影響しているからだという。


 ここまでは話に聞いた通りだが、予想外の発見もあった。


「……思っていたよりも活気があるな」


 大通りを行き交う通行人や道沿いで露店を開く人々の表情は明るく、喧騒は王都と大して変わりない。

 聞いていた限りだと、てっきり寂れた雰囲気があるのかと思い込んでいたものだから、良い意味で想像を覆された。


 思えば行商の男もこの街に来るまでの道中、魔獣に襲われた時以外はほとんど笑顔を絶やすことはなかった。


 厳しい気候に置かれているのは確かな事実ではあるが、それでも評判よりは良い街なのかもしれない。


 だけど……やはり、何も記憶に思い当たるような景色は何一つとして見つからない。


 当たり前か、俺がここで過ごしたのは赤ん坊の頃の僅かな間だ。

 両親の顔すらもろくに憶えていないのに、そう都合よく思い出すわけもないか。


 ここらで考えに一区切りつけて、しばらく歩いているうちに冒険者組合の看板が下げられた建物に辿り着いた。


「ここか」


 早速、中に入り受付カウンターに向かい、受付嬢に声をかける。


「すまない。何でもいいから任務を受注したいんだが、見繕ってもらってもいいか?」

「はーい、かしこまりました。ではドッグタグをお預かりしてもよろしいですかー?」


 どこか気の抜けたような喋り方をする受付嬢に、首からドッグタグを取り外して手渡す。


「ありがとうございまーす」


 受付嬢はドッグタグを受け取ると、手元にある小さな台座の上に乗せて魔力を通し、ドッグタグに刻まれた俺の情報を読み込む。


「ふんふん、冒険者ランクはE、名前はジェイク・デュエイルムさんですね。……ん、ディエイルム?」

「どうかしたか?」


 むむむ、と首を傾げる受付嬢に訊ねるが、しばし黙り込んだままじーっと見つめてくる。


「ふむぅ……黒い髪、紫の瞳、そして――デュエイルム。あのー、つかぬ事をお聞きしますが、この街にもデュエイルムって人がいるんですけど、もしかして知り合いだったりしますか?」

「……いいや、知らないな。この街に来るの自体初めてだし」


 頭を振ってそう答えを返すが、内心どきりとしていた。


 この街にも俺と同じ苗字の人間がいる?

 偶然か……いや、そうとは考えづらい。


 彼女は俺の容姿についても言及していた。

 であれば、俺の両親について何か知っている可能性があると見た方がいい。


 だけど、見たところ彼女の年齢は俺と同じくらいだ。

 直接の知り合いという線は限りなく低いと思うが……。


「ですよねー。いやー、すみませんね。初対面の冒険者さんに変なこと聞いてしまって」

「大丈夫、気にしなくてもいい。でも……俺の両親は昔、ここで暮らしていたらしい。俺が赤ん坊の時に魔物に殺されてしまったけど」


 空笑いを浮かべる受付嬢に対して、試しに両親についての話を切り出してみると、瞬く間に目の色が変わった。


「え、両親が……!? ごめんなさい、辛いことを言わせてしまって」

「問題ない。当時のことは全く憶えていないし、両親との思い出も特にないから、それこそ本当に気にしないでくれ。……ああ、でもこの街で行商人をしていたとは聞いてはいる」

「行商人、ですか。ということは……うん、間違いない。あのー、申し訳ないですけど、ちょこ〜っとだけ待っててもらっていいですか? すぐ戻りますんでー!」


 受付嬢は一人納得したようにうんうんと頷くと、俺の返事も聞かずに奥の部屋へと駆け出して行った。


「おい……! はあ、なんだったんだ?」


 なんかよく分からないことになってきたな。

 困惑を隠せないまま、受付嬢が戻ってくるのを待っていると、奥から低く落ち着いた声が聞こえてきた。


「――まさか、そんな訳が。兄貴の子供が……!?」


 それからすぐに姿を現したのは、屈強な体を持つ褐色肌の男だった。


 短く刈った黒髪、切れ長な紫の瞳。

 まるで俺をそのまま歳を取らせたかのような男の容貌につい目を見開く。


 それは男も同様で、俺を視界に捉えた途端、大きく目を見開いて小さく呟いた。


「……ジェイク、生きていたのか」

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