変化するのは

 激流のカードが魔法陣に変化し、強烈な勢いの水流が放たれる。

 水流は魔獣の一匹を捉えると、胴体を穿ちながら後方へと吹き飛ばす。


 また仲間がやられたことで残りの魔獣たちの動きが一瞬止まるが、敵討ちと言わんばかりにすぐに俺へと襲い掛かってきた。


 ……これで残るは半分。


 術式のカードについて他に判明したこと――それは、同じカードでも発動する術式は、カードに込める魔力量と精神力の強さによって変化するということだ。


 例えば、激流のカードを全力で使えば術式はドラゴニックストリームになり、消費魔力を抑えれば今放ったフロードショットとなる。

 無論、フロードショットは魔力量が少ない分、ドラゴニックストリームよりも威力は格段に下がってしまうが、使い勝手はこちらに軍配が上がる。


 ドラゴニックストリームだと周辺の地形もろとも一撃で跡形もなく押し流せる代わりに、反動で気力のほとんどを持っていかれる挙句、初めて水竜と出会った時のようにぶっ倒れてしまう代償がある。

 いや、仮に持ち堪えたとしても今の俺の実力では、まともに動けなくなることは避けられない。


 だからその対策として、可能な範囲で魔力の出力を少なくすることで消耗を軽減することにした。


 結果としてまさか術式自体が変わるのは予想外だったが、これなら反動を気にせずに運用できる。


 それに出力が落ちたとしても中級魔術と並ぶ程度の威力はある。

 余程の格上でなければ下位の術式でも充分通用するはずだ。


 俺は魔獣たちの動きを慎重に見極め、奴らの牙が俺の間合いに入るギリギリまで引きつけてからさっき伏せておいた滝のカードを発動させる。


「――トライデント・カスケード」


 直後、俺の頭上に展開した三つの魔法陣から体を圧し潰すほどの大量の水が魔獣を目掛けて降り注ぐ。

 一匹には即座に反応して躱されてしまうが、他の二匹は落ちてくる水流が直撃し、激しく地面に叩きつけられる。


 衝撃でその場でのたうち回るが、もう放っておいても直に絶命するはずだ。


 そして、最後に残った魔獣が俺の喉元を狙って飛びかかる。

 迫り来る爪牙をすれすれで避けながら俺も前に踏み込み、すれ違いざまに魔獣へ一太刀を浴びせる。


 斬撃をもろに食らった魔獣は、体勢を崩しながら地面を転がると、やがてピタリと動きが止まるのだった。


「はあ……なんとか、なったか」


 一旦、周囲を見渡してから身体強化とカード召喚を解除し、剣を鞘に収めようとしたところで頬に灼けつくような痛みが走る。

 すぐ手の甲で頬を拭うと、少量だが血が付着しているのが確認できた。


 どうやらさっきの攻撃を掠ってしまっていたみたいだ。


「……分かってはいたが、こう一人になると改めて治癒術の有り難みを痛感させられるな」


 ギルドにいた頃は、負傷したとしても治癒術士が怪我を治してくれていた。

 おかげで多少の無理も通すことができていたわけだが、今はもうそうはいかない。


 一度の戦闘で使える術式カードの枚数には限りがあるから、近接戦は避けては通れないとはいえ、戦い方には気を配る必要がありそうだ。


 ……反省は後にしよう。

 とりあえず、行商の元に戻るとするか。




 ・   ・   ・




「いやー、それにしても凄かったな! まさか一人でサーストウルフの群れを倒しちまうとは恐れ入ったよ。なんだよ、兄ちゃん、普通に強えじゃねえか!」


 男が口を開いたのは、魔獣を撃退してから暫くして、あと少しでエルシャナに到着する辺りのことだった。


「……そう言ってくれるのはありがたいが、強いのは俺じゃない。こいつだ」


 俺はそう答え、肩に乗る水竜の頭をポンと叩く。


「俺の魔術は全部、こいつが力を貸してくれるおかげで初めて使うことできる。悔しいが、俺一人だと魔物一匹倒すことすらままならない未熟者だ」

「ほお、使い魔だけあって大したスライムなんだな。やっぱり何事も見かけだけで判断しちゃいけねえな」


 確かに見た目はスライムでも、実際はドラゴンだからな。


 こちらに背中を向けたまま笑い飛ばす男に静かに首肯していると、けどよ、と男は続けて言う。


「だからって自分を卑下するのは違うぞ。確かに兄ちゃんの言う通り、力を借りてるだけだとしても、その力を引き出すことができるのは兄ちゃんの能力があってこそだ。俺から言わせりゃ、これも立派な一つの強さだ」

「そういうものか?」

「おうよ、どんと胸を張ってけ!」

「……そう、か」


 気休めならよしてくれ、本当はそう言いたかったが言葉を詰まらせてしまう。

 これまでほとんど誰かに認められることが無かったせいで、思った以上に救われたような感じがしたからだ。


 これもギルドを追い出されたからこそ起きた変化なのだとしたら、悪くはなかったのかもしれないと改めてそう思う。

 

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