荒れ果てた辺境での再起

荒野の途中で

 ギルドを追放されてから早二週間。

 俺は街道上にある幾つかの街を転々としながら東の大国との国境地帯――エルシャナを目指して水竜と旅を続けていた。


 スライム状態になっている水竜を肩に乗せ、荷馬車に揺られながら風景を眺めていると御者席に座る行商の男に声を掛けられる。


「どうだ、中々酷えもんだろ」

「そうだな。エルシャナ周辺の地域は干魃が続いていると聞いてはいたけど、噂以上だ」

「ここ数年は特に強い日照りが続いちまってるからな。ちなみに国境を越えるまでずっとこんな調子だぜ」


 天気が良すぎるのも考えもんだな、と男はガハハと調子の良い笑い声を飛ばしていた。


 荷馬車の外に広がるのは、視界を遮るものが何一つない荒野だ。

 土壌は痩せ細り、草木が生えてこないせいでかなり地面がむき出しになっている。


 頭上から照りつける日光も茹だるように暑く、これだと作物を育てるのもかなり苦労しそうというか、育つかどうかも怪しいところだ。


 このままの状況が続けば、砂漠化してしまうのも時間の問題だろう。


「しかしまあ、兄ちゃんも変わってるよな。スライムと一緒に旅はしているわ、エルシャナに行きたいから荷台に乗せてくれって頼み込んでくるわで。自分からあの街に行こうとする物好きはそういないぞ」

「こう見えても召喚術士なんだ。スライムと一緒なのは、こいつと契約してるからだよ。それにエルシャナは俺の生まれ故郷みたいでな。訳あってギルドを追い出されたから、折角だし訪れてみたくなったんだ」


 本当はドラゴンと契約しているのだが、無駄にひけらかす必要もないか。

 下手に言いふらしても面倒なことにしかならなそうだし。


「へえ、ということは兄ちゃんはスキル持ちって奴か! しかも召喚術って希少なスキルって聞くぜ。けど、そうなると勿体ねえよなあ。そんな貴重な人材を自ら手放すなんてよ」

「実戦だとほとんど戦力にならなかったからな。向こうからしたら居られるだけで迷惑だったんだろ」

「ふむ、そんなもんかねえ。将来的に考えればじっくり育てた方がいいだろうに。王都のギルドが考えることは俺にはさっぱりだな」

「……ああ、俺もそう思うよ」


 もしギルドを追放されていなければ、と今も時々考えてしまうことがある。

 けど、それと同じくらい悪くはなかったかもと思ったりもする。


 王都を旅立ったことで俺はカードに秘められた力を知ることができたし、水竜と出会うこともできた。

 俺が成長するという一点においては、意味のあるものだったとそう信じたい。


 ――キュキューッ!!


 突然、肩に乗っていた水竜が進行方向へ鳴き声を上げてぷるぷると震え出した。


「止まれ! ……魔物だ!」


 俺はすぐさま行商の男に止まるように制してから、荷馬車を降りて水竜が警戒する先を見据える。


 距離にしておよそ百メートル前方に、立派な鬣が生えた魔獣の群れが進路を塞ぐようにして待ち構えていた。

 六匹か……だったら、どうにかなるか。


「うわあああっ!!? サーストウルフの群れだ!」

「大丈夫だ。俺が対処するから、あんたは落ち着いて自分の身を守ってくれ」


 俺は剣を鞘から引き抜き繰寄コール、とカードを召喚する。

 呼び出したのは激流と渦潮のカードが二枚ずつ、それと滝が描かれたカードの計五枚だ。


「……荷馬車の護衛は頼んでもいいか?」


 肩に乗ったままの水竜に訊ねると、小刻みに跳ねてから下に飛び降り、荷馬車の下へと移動を始める。

 俺はそれを確かめてから自身に身体強化を施し、魔獣の群れへと一気に駆け出した。


 旅をしている間に、カードの術式について幾つか分かったことがある。


 まず一つは、カードに宿る術式の種類だ。

 術式の種類は手に抱えた状態から直接術式を行使する発動バーストと、一度周囲にカードを取り付ける工程を挟んでから発動させる設置セットに二分される。


 発動バーストは直接対象を攻撃する術式が発生し、設置セットは防御や補助系の術式になる傾向がある。

 使いようによっては逆になり得たりもするが、基本的には攻める時は発動バースト、守る時は設置セットと使い分けるのが基本になるようだ。


 それと、俺が発動するタイミングで発動バースト設置セットどちらかを選ぶかで、同じカードでも発生する術式は変わってくる。

 つまり、渦潮のカードを使用する時に、設置セットを選択すれば『スパイラル・シールド』が発動するし、発動バーストにすれば別の術式が発揮されるということだ。


発動バースト、ウィーリングウェーブ」


 魔獣の群れまで三十メートルを切ったタイミングで渦潮のカードの術式を発揮させる。

 カードは手のひら程度の水球に変化し、そのまま魔物の群れへと一直線に飛んでいく。


 群れの真ん中に水球が落ちた瞬間、水球は直径五メートル程の渦潮になり、咄嗟に回避しようとした魔獣たちの動きを封じ込め、たちまちに渦潮の中心に引き摺り込んだ。


 激しい水流によって魔獣たちが勢いよく衝突したことで、互いの身体が絡んで動けなくなっている隙に、俺は魔獣たちの懐に潜り込み、一番近くにいた奴の首を叩き斬る。


 すかさず違う魔獣の心臓に剣を突き刺し、残りの魔獣が動き出したところで、すぐに後ろに飛び退いて一度距離を取り直した。


 よし、まずはこれでニ匹。


 魔獣の反撃に備え剣を構え直すと同時に、滝のカードを足下へ落とす。


設置セット


 置く、という工程を挟むせいで術式を行使するのにどうしてもタイムラグが発生する設置セットだが、逆に発動を待機させることができるというメリットもある。


 だから予め設置セットを行っておくことで、より強固な守りを敷くことができる。


「さあ、どう出てくる……?」


 このまま逃げ去るのならそれに越したことはないし、攻撃を仕掛けてくるのなら迎え撃つまでだ。

 激流のカードに魔力を通し、様子を窺っていると、魔獣たちが一斉に飛びかかってきた。


「……来るなら仕方ない。発動バースト、フロードショット」

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