主従ではなく

「ようやく……いなくなったみたい、だ……っ!?」


 突如として目眩が走り、俺は立っていられず地面に片膝をつく。

 身体に力は入らず、僅かに意識が遠のくのを感じる。


 極度の緊張と疲労感に襲われているのもあって、気を抜いたらそのまま倒れてしまいそうだ。


「スキルを連続使用したことによる魔力切れ……いや、それよりも単純に気力をごっそり持ってかれた感じか」


 カードによって発動した二つの術式は、どちらも俺の実力を大きく上回る威力を発揮していた。

 特に二つ目に使用した激流のカード――ドラゴニックストリームに関しては最上級の術式と並んでいると評しても過言ではない。


 水竜の魔力を元にこのカードが生成されたことを考えると、水竜が潜在的に秘めている力の高さはかなりのものだと窺える。

 もしあの術をカードを介さずに直接発動したのなら、間違いなく俺の魔力は一瞬で枯渇していたことだろう。


 むしろこの程度の反動で済んでいるのは僥倖というべきかもしれない。


 何にせよ、連中が素直に逃げてくれて本当に良かった。

 あのまま居座られていたら、俺が先に体力の限界で倒れていた。


 そして、隣にいる当の水竜はというと、特にこれといった変化はないようで普通にピンピンしており、逆に俺のことを心配そうに覗き込んでいた。


 仔竜であってもやはりドラゴンというわけか。

 ……それにしても、カードに魔力を通しただけでこの様っていうのは、流石に貧弱過ぎて笑えてくるぞ。


「大丈夫……だ。すぐに良く、なる」


 呼吸を整えて、ゆっくりと立ち上がる。

 まだ足元がふらつきはするが、じきに回復するだろう。


 正直、もう少しゆっくりしたいというのが本音だが、あまり長居する訳にはいかない。

 これだけ派手に戦闘をしたとなれば、王都で異変を感じ取られてもおかしくはない。


 警備隊やギルドの冒険者が調査にやってくる前に、早いところここを離れるべきだ。


「そうなると、お前はあまり人前に姿を見せないようにした方がいいよな」


 現場にドラゴンがいたとなれば、こいつが十中八九犯人扱いされるのは目に見えている。

 だったらせめてカードの中に戻した方がいいと判断し、「召還リコール」と唱えようとした瞬間、先に水竜に首根をがっしりと咥えられ、そのまま担がれるような形で背中に乗せられた。


「うわっ――お前、何を……!?」


 水竜は俺の言葉に耳を傾けることなく、そのまま前へと歩き始める。


 もしかして、俺がまともに動けなくなっているのを察したのか……?

 ――くそっ、視界が暗く……。


 水竜の真意を推察よりも先に俺の気力が限界を迎え、かろうじて保っていた意識を手放してしまうのだった。




 ひんやりとしたぷにぷに柔らかいものが頬を押しつけている。

 全身に光を浴びるのを感じながらゆっくりと瞼を開くと、まず視界に飛び込んできたのは一本の樹木だった。


「ここは……?」


 全く知らない場所――というわけではなさそうだ。

 首を横に傾ければ、すぐそばには街道が通っている。


 どうやら気を失っている間に違う場所に運ばれて、ついでに一晩眠ってしまっていたようだ。

 こんな場所で無防備に寝ていたら魔物に襲われてもおかしくはなかったが、無事に済んだのは水竜がいてくれたおかげかもしれない。


「……ところで、あいつはどこにいった」


 だが、肝心の水竜の姿が見えない。

 あれだけの巨体だ、少し離れた程度なら見失うはずがないのだが。


 軽く辺りを見渡してから、俺はさっきから頬に当たっている何かに視線を移す。

 そこにいたのは、両手に乗る程度の大きさをした青いスライムだった。


 スライムは俺の顔に身体を押し付け、気持ちよさそうに眠っていた。


「なんでこんなところにスライムが……って、まさかお前が水竜か?」


 カードからの魔力経路を辿ってみると、信じ難いがこのスライムに繋がっている。

 もしカードの力で契約していなかったら、普通のスライムと判断していたことだろう。


「まあ、でもそうか。スライムの特徴も併せ持っていたから、スライムになってもおかしなことじゃないよな」


 ドラゴンは滅多に人前に姿を現すことがなく、生態について不明なことは多い。

 学術的なことは俺にはさっぱりだし、とりあえずは水竜はスライムに変身できるって事実をそのまま受け入れることにしよう。


 しかし、こうしてみるとドラゴンとはいえ、やっぱりまだ幼体なんだよな。

 こうしてスライムがくっついてくる姿は、まるで親にべったりと甘える子供みたいだ。


 ……俺もおやっさんに拾われる前は、こいつみたく両親にくっついていたのだろうか。

 もう両親の顔もろくに憶えていないのだが、俺にもこんな頃があったのかもしれないと思うと、なんだか微笑ましくも侘しいような気持ちになる。


 そう考えると、案外俺と水竜は似たもの同士なのかもしれない。

 契約を交わした以上、形式上は主従という関係だが、それを抜きにしてこいつの成長を見守れたらなと思う。


「どれくらいの付き合いになるかは分からないけど、これからよろし――げぼあっ!?」


 寝ぼけた水竜に顔を半分呑み込まれながらも、俺は密かにそう決意を固めた。

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