術式
俺が魔力を込めたカードは、渦潮が描かれていたものだった。
気づけば自然とこのカードに手が伸びていて、
カードが地面に触れると青白く光を放つ魔法陣になり、そこから大量の水が渦を巻きながら噴出し、巨大な障壁となって俺と水竜の目の前に展開する。
完成した水の障壁に
障壁と砲撃がぶつかり合った余波で、道路としての機能を失うほどに周囲の地面が吹き飛んだが、障壁の内側には何の被害も無く、俺も水竜も無傷でやり過ごしていた。
せいぜい四散した水によって少し体が濡れてしまった程度か。
だけど、俺が状況を把握できたのは、水の障壁が無くなってから十秒近くが過ぎてからだった。
思いもよらぬ光景に呆然と立ち尽くしていたところを、水竜がそっと頭を寄せてながら喉を鳴らしたのが聞こえて、俺はようやく我を取り戻す。
「……もしかして今の、俺がやった……のか?」
どう考えても自分以外にやれる人間がいないのに、どうにもその実感が湧いてこない。
これまで魔術を発動させた経験が一度だって無かったからだ。
魔術は、肉体に流れる魔力を糧にすることで様々な異能を発揮させる一種の技術だ。
スキルと違いこちらは鍛錬を積むことで扱えるようになるが、人によって得手不得手がはっきりと分かれている。
適性があれば幼い子供であってもすぐに会得できる反面、適性がないと数年かけたとしても初歩の術式すらまともに発動できない。
加えて、魔術に適性があったとしても、使用したい術式の属性が術者の身体に宿る属性と一致していなければ、どれだけ優れた才能があったとしても不発に終わってしまう。
魔術に対する適性と術式に対応した属性。
二つの条件が揃うことによって、ようやく魔術を発動させることが可能になる。
俺に魔術の適性はなく、宿る属性も”無”属性のみ。
つまり俺には、どう足掻いてもさっきの魔術を発生させることは不可能なはずなのだ。
そう、俺自身の力だけでは。
なんで俺が魔術を発動させることができたのか、答えは至って単純であり、気づくのにもそう時間はかからなかった。
「カードとお前の力……だよな」
術式を発動させたのは俺で間違いない。
でも、その為の魔力の供給は水竜が担っていた。
水竜から流れ込んできた魔力をカードが受け取り、術式に変換して解き放つことで擬似的に魔術の発動を再現していたのだろう。
そうなると水竜と契約したことで新たに生成された他のカードも、同じように魔力を通してやれば同じように擬似的な魔術をするのだろうか。
色々試してみたいところではあるが、その前にやるべきことを片付けるとしよう。
立ち込めていた水煙が晴れて、視界にまず飛び込んできたのは、男たちの青褪めた表情で目を見開いている姿だった。
「はああああっ!? なんで……なんで無傷で済んでやがる!?」
「ありえねえ! 魔導砲があんな水魔法如きで防がれるなんて……!」
「てめえ、何しやがった!?」
よほど魔導砲の威力に自信があったのか、男たちは怒鳴りつけるような勢いで口々に声を張り上げるが、動揺を隠しきれずに狼狽えている。
正直、俺自身もあの砲撃を完全に防ぎきれるとは思っていなかった。
「ほんと何だろうな、一体。実は、俺もまだ分かっていないんだ」
「ふざけたこと抜かすんじゃねえ!」
「ふざけてんのはどっちだよ! いくら魔物とはいえ、何の罪もねえ仔竜すらも嬉々として殺そうとしたお前らにだけは言われたくねえよ!」
さっきから抑えていた怒りが頂点に達し、俺は声を荒げながら激流が描かれたカードに魔力を流し始める。
これもさっきの渦潮のカードと同様に無意識に選んだが、なんとなくこいつに刻まれた術式は攻撃系のものだと直感が告げていた。
「お前らがなんでこいつを襲ったのかは理由を聞くつもりはない。だけど、もう二度とこいつには関わるな」
カードに思いきり魔力をぶち込み、あとは術名を声に出せば術式を発動できるようになったタイミングで、俺はリーダーの男を睨めつけて淡々と告げる。
それが癪に触ったのか、リーダーの男がこめかみに青筋を立ててがなり立てる。
「……魔導砲の砲撃を一度防いだ程度で調子に乗るんじゃねえ!!」
別の男が抱えていた三挺目の魔導砲を「寄越せ!」とぶんどると、今度はリーダー自らが魔導砲に魔力を込め始める。
だが、発射準備が整うよりも先に激流のカードに宿る術式を解き放つ。
「――
今度はカードを地面に投げ放つのではなく、相手にカードを見せつけるようにして腕を前に突き出した。
カードは青白い光の粒子となってから宙に魔法陣を描き、そこから前方一直線に放たれたのは青の光線ともいうべき超水圧の水流。
巨大な瀑布をも思わせる圧倒的な質量を誇る水の奔流は、集団の横を通り過ぎ、そのまま射線上にあるもの全てを呑み込み押し流してみせた。
嘘、だろ……。
さっきの水の障壁の防御力からして、魔導砲の魔力弾に劣らぬ威力はあると思っていたが、まさかここまでとはな……。
想定よりも遥かに上回る威力に思わず顔が引き攣りそうになったが、これが偶然の一撃だということ悟られぬよう、表情を強張らせたままもう一度男たちを睨めつける。
男たちは何が起きたのか分からずに困惑していたが、次第に表情に恐れの色が浮かんでいる。
ついさっきまで憤激していたリーダーの男も一転して萎縮した様子を見せ、魔導砲に魔力を集中させるのを中断していた。
「……次はお前らに向かって撃つ。その前に消え失せろ」
「くそがっ!! おい、お前ら撤退だ!!」
新たにカードを取り出しながら脅しをかけると、リーダーの合図により男たちは一目散に逃げ出していく。
男たちの姿が見えなくなるのを確認してから、俺は胸を撫で下ろすように大きく息を吐き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます