不穏な影と今後について
拠点から宿屋に帰宅し、店番をしていた女将に事情を説明した後、すぐに荷物をまとめて受付まで戻ってきた時だ。
入り口近くのカウンターにいた柔和そうな物腰の男性が声をかけてきた。
「遠征から帰ってきたかばかりだというのに、もう出て行ってしまうのか。もう少ししたら日も沈んでしまうから、出発するにしてもせめて明日の朝にしてもいいんじゃないか?」
声の主はこの宿屋の主人で、どうやら俺が部屋にいる間に店番を交代していたようだ。
振り向いてみると、一目で見てとれるほど主人の表情は暗く沈んでいた。
きっと女将から俺がギルドを追放されたという話を聞かされたからだろう。
主人に余計な心配をかけまいと、俺は頭を振って答える。
「もう王都にいる意味なんてないからな。それに下手に出発を先送りにしてギルドの連中と鉢合わせでもしたら面倒だ」
「……そうか。君がいなくなると寂しくなるよ」
「悪いな。何年も世話になったのに、まともな礼一つできないまま出ることになって」
「そんなことは気にしなくてもいい。君とエレシアはトーマスが遺した忘れ形見だからね。私は私にできる当然の事をしたまでだよ」
主人は先代の首領と親交が深く、前に訳あって住居を失った俺を見兼ねて空き部屋を一つタダ同然の宿泊料で提供してくれた大恩人だ。
おかげで今まで低い報酬でもどうにか食い繋ぐことができたので、主人と女将にはいくら感謝してもしきれない。
本当だったらもっとちゃんとした形で受けた恩に報いたかったのだが、ギルドを追放された今となってはそれも叶いそうにない。
「しかし……首領がグウィンになってから『鴉の宿木』も変わってしまったね。以前よりなんだか柄の悪い人間が増えて、まるでならず者の集まりみたいだ」
「……そうだな。グウィンがギルドを仕切るようになってからギルドのメンバーに好戦的な奴が増えているのは確かだ。でも新しく入ってきた奴らの腕っぷしがあるおかげで、おやっさんが首領をしていた時よりもギルドが大きくなったのもまた事実だ」
元々『鴉の宿木』は王都では名前の通ったギルドではあった。
しかし、数年前に先代が不慮の事故で亡くなってしまい、首領がグウィンに代わると、みるみるうちに勢力を伸ばしていき、今では王都でも五本の指に入るほどの大手ギルドにまで成長を遂げている。
代償に近隣に暮らす住民からの評判は下がってしまったが、ギルドの勢力拡大した事による恩恵に比べれば大した問題ではないようだった。
「まあ、そうだね。強くなる分には一向に構わないんだ。庇護してくれるギルドが影響力があって困ることはないからね。ただ……最近になって、『鴉の宿木』の人間がここら一帯の店の人達からお金を徴収してくるようになったんだ。店の用心棒代だなんだって嘯いて」
「は……なんだよ、それ。あいつら、そんなことまでしてたのか!?」
初めて聞かされる事実に堪らず声を荒げると、主人は咄嗟に周囲へ視線を走らせながらしーっと人差し指を立てた。
この話題に関しては聞き耳を立てられたくないということか。
「……やっぱりジェイクは、このことを知らなかったみたいだね」
すまない、と一言伝えて俺は声を潜める。
「生活は大丈夫なのか?」
「今のところは。通報されること嫌ってか、要求してくる金額は大したものではないから大丈夫だよ。ただまあ、その内請求する金額を吊り上げてくる可能性は十分にあり得るのが問題にはなるけどね」
「元ギルドの俺が言える立場かは怪しいけど、みかじめ料の徴収とか思い切り違法行為だろ、それ。国は動かないのか?」
「あまり期待はできない。国がギルドに介入することは簡単なことじゃないし、仮に動いたとしても、派遣された人間に賄賂を握らせて揉み消して話が終わるのが落ちだろうね」
店主の話を聞いて、唖然とするしかなかった。
ここまで来ると最早、ギルドというよりも一種の犯罪組織紛いだ。
しかも検挙しようにも厄介なことに主人の言う通り、今の巨大化した『鴉の宿木』なら捜査が入ったとしても容易にやり過ごせるだけの力があった。
恐らくだが、この件にグウィンが関わっているのは間違いない。
いくら気性の荒い連中だとしても、上の判断も無しに独断でギルドを危険に晒すような行為に手を伸ばしたりしないはずだからだ。
そうなると、あいつが無関係でいることは祈るしかないか。
「とはいえ、ギルドとしても大きく表沙汰にしたくないはず。当分の間は事態が悪化することはないだろうから心配しなくても大丈夫だよ。それよりも気にしなきゃならないのは君だ、ジェイク。王都を出たらどうするつもりなんだい?」
「……とりあえず、隣の街にでも行って冒険者組合が斡旋している任務をいくつか受ける。俺のランクだと報酬はあまり期待できないけどな」
ドッグタグさえあればどこの冒険者組合に行ったとしても同じように任務を受注することができる。
しかし、個人で受けられる任務なんてギルドに斡旋した余り物ばかりで、内容の割に報酬が見合わないものが殆どだ。
それでも任務に選り好みさえしなければ、食い逸れずには済むはずだ。
だが、低い階級での冒険者業で生計を成り立たせようとするのは、街の中で働いて暮らすよりも遥かに厳しく危険が伴う選択でもある。
それを分かっているからか主人は、沈痛な面持ちのまま閉口していたが、暫しの沈黙を挟んでようやく声を発した。
「そうか……ジェイクが決めたことだから、どうこう言うつもりはないよ。……だけど、その前に一つ聞いてくれないか。――君の両親についてだ」
「俺の……両親?」
「ああ、昔にトーマスから聞いた話で確実な情報とは言えなかったから今までずっと伝えるかどうか悩んでいたが、もう会える機会はないかもしれないし、今話すことにするよ」
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