その5.トランス・ポゼッショナー
【1】
「──さぁ、史郎くん、契りましょう、ケダモノのように」
念願かなってようやくつきあい始めた恋人が、ある日、いきなり超アダルティな下着姿で誘惑してきたら──君なら、どうする?
「うぇ!? い、いったいどうしたって言うんだよ、くるみちゃん?」
そりゃあ、僕だって男のハシクレだ。恋人とそういう関係になりたいとか、あるいは(ここまで過激じゃないにせよ)女の子の方から誘ってきてくれるってイベントを妄想したりとか、思い浮かべたことがないとは言わない。
けれど、僕の彼女──鷺澤繰魅(さぎさわ・くるみ)は、どちらかと言うかなり奥手な子だ。
今時珍しい“良家の子女”とでも言うのかな。パーマや染色と無縁のストレートな黒髪を長く伸ばし、伏し目がちで口数も少ないけど、笑うととても可愛くて、清楚とか可憐という形容がよく似合うんだ。
そんな彼女が1学期の初めにウチのクラスに転校して来た時、僕はひと目惚れして、わざわざ同じ図書委員に立候補してまで、彼女と一緒にいる機会を増やしたりした。
おかげで夏休みが終わる頃には“いちばん親しい男友達”ぐらいの
それからひと月あまり。周囲(おもに男連中)から「モゲろ」だの「爆発しろ」だの言われつつも、何度かデートして順調に仲を深め、キスもして、「そろそろその先に進むこと考えてもいいかなぁ」──と思っていた矢先、ある日突然、くるみちゃんが学校を休んだ。
急病かもと思って携帯に電話したけど、反応はなし。メールを入れておいたところ、お昼近くになって、ようやく返信が一通来たんだ。
『放課後 家に来て』
無口な割にメールでは饒舌なくるみちゃんにしては、珍しく簡潔な内容に、ちょっと不審に思いつつも、「体調悪くてメールするのもつらいのかもなぁ」と思い、お見舞いの果物ゼリーなんかを買ってから、何度かお邪魔したことのある彼女の家に行ってみた。
ところが。
インターホンを鳴らし、家に招き入れられた途端、現在進行形でおよそ想像もしなかった冒頭の光景に遭遇してるってワケ。
実は、こうなった原因に心当たりがまったくないワケでもない。
僕の彼女のくるみちゃんは、いろいろ霊的なものを引きつけやすいんだ。
霊媒体質とか言うんだっけ? 彼氏の僕も、幽霊とかソッチ系が“視える”タチだからわかったんだけど、道を歩いているだけで、いろんな雑霊だとか動物霊だとかを引きよせてしまう。
幸いにして、これまでは本人の
この様子を見る限り、たぶん悪霊なり色情霊なりに憑依されてるんだろうなぁ。
「──念のため聞くけど、素直にくるみちゃんから離れてくれる気はない?」
『ほほぅ……ワシが取り憑いていることに気付いたか。成程、お主、見鬼の才を持っておるのか』
可愛くも色っぽいくるみちゃんの紅い唇から、野太い男の声が聞こえてくる様子は、非常にシュールだけど、構っちゃいられない。
いくつかの問答の後、くるみちゃんに取り憑いているのが、そこらの動物霊とか下級霊とかではなく、祟り神とは言えれっきとした神社の神様であることがわかった。
『かつての悪霊時代ならともかく、ワシとて今は祀られし神々の一柱。本来なら、このように民草に迷惑をかけるのは本意ではないのだが……』
神社のご神体が破損して、神としての存在の危機に瀕しているのだとか。無理に留まろうとすると、力不足で霊格が下がり、かつてこの地に災いを為した悪霊に転落しかねないらしい。
「それで、ちょうど通りがかった霊力溢れるくるみちゃんに取り憑いたってのは、納得はできないけど、まぁ、理解はできる。でも、そのカミサマがなんであんな真似をしたんです?」
『そりゃあ、ワシはミシャグジさまの分霊じゃからな』
リアルでオカルトの才能がはしくれほどある身として、一応そのテのことには比較的詳しいつもりなんだけど──ミシャグジさまって蛇の神様じゃなかったっけ?
『同時に、安産・子育て、およびそれに連なる男女交合の神でもあるな』
「WHAT?」
『ちなみに先日破損した神体は男根をモチーフにした石像で、そういう形をしておる』
「OH……」
と、思わず似非外人っぽい口調になってしまったが、要するにこの神さんが力を取り戻すには、“セックス”することが必要なんだろう。
『うむ。だいたいあっておる』
ここまでのこの自称神様の話をまとめると、
(1)この神さんはミシャグジさまの分霊
(2)御神体が破損して神格的にピンチ!
(3)霊力回復のため、くるみに憑依
──ってことか。
あれ、でも、そしたらなんでそんな格好で僕に迫ってきたんだ?
『無論、最初に言ったであろう。“せっくす”するために決まっておろうが』
いや、だからなんで!?
『これでも、此奴の意志を尊重したのだぞ? ワシとしては
な!?
「くるみちゃんの体でそんなコトさせられるワケないだろ!」
『うむ。この体の主にも強い意志で拒絶された。霊格の差で無理矢理抑えつけているとは言え、さすがに宿主の意向を完全に無視はできん。
で、色々(脳内で)話しあった結果、相思相愛の想い人であるお主なら許容範囲だろうという結論に達したのだ』
えーと、これは喜ぶべきトコロなのかね。
『というワケで、ほれ、史郎よ。ま ぐ わ お う ぞ』
あれ、いつの間にか部屋の隅に追い詰められてる?
「ちょ、せめてもうちょっとムードをこう……」
『女々しいことを言うヤツだな──ん、んんっ、ねぇ、史郎くん、お願い、抱いて!」
自称神様は声色と口調をくるみちゃんのものに戻して、僕に迫ってきた。
僕だって、いわゆる“ヤリたいさかりの十代の少年”だ。正直、恋人のこんな色っぽい姿を見て、かなりグラついてはいるんだけど、だからって簡単に流されるワケにはいかない。
「──念の為聞くけど、霊力が回復したら、くるみちゃんの中から出ていってくれるんだよね?」
最低限、これだけは確認しておかないといけない。
『当り前だ。そもそも、ワシは本来男神だぞ。如何に霊力が豊富とは言え、正直、
と、そこまで言った所で、自称神様はふと言葉を切った。
『ふむ……“そういう”手も
なんか、こう、ロクでもないことを思いついてるような気がする。
『なに、気にするな。この案が巧くいけば、すぐにでもワシはこの子の身体から出られるようになる──ただし、お主の献身的な協力が必要だがな』
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