【2.愛すべき隣人と気遣い無用の馬鹿_c】

 「ところで、皆さんは、どのクラブに入るか、もう決めましたか?」


 学校生活のささやかな楽しみである昼飯を、ある者はガツガツと、ある者はパクパクと、いずれも健啖な食欲を見せて平らげ、ひと息入れてるところで、俺達3人の顔を見回してまりやが尋ねてきた。


 「クラブ──部活かぁ。その辺はあんまり考えてなかったなぁ」


 と言うか、色々あってそれどころではなかった、という方が正解だろう。

 珠希の方に視線を投げると、わかっているのかいないのか、きょとんとした顔で俺を見つめ返し、すぐに「ホニャッ」とした笑顔を向けてくる。


 激しく癒される反応だが、ここでかいぐりモードに突入すると、おそらく昼休みが丸々潰れると思うので、我慢我慢。


 「哲朗は、運動部ならよりどりみどりだろ? どうするんだ?」

 「うむ。しかし、俺の神聖なる筋肉を特定のクラブのみに捧げてよいものか──悩むところだ」


 脳味噌に行くべき栄養素や経験値の9割方が首から下にフィードバックされたんじゃないかと思う哲朗の運動能力は、身内の贔屓目を除いても、およそ人間離れしているからな。たいていの競技や球技も優秀な成績を叩きだすし。


 「空手部や柔道部などには、いきませんの?」


 まりやがそう聞いたのは、哲朗の実家が古流武術の宗家だと知ってるからだろうが、哲朗はあっさり首を横に振った。。


 「うんにゃ。入学式の翌日に行ってはみたんだけどな」


 肩をすくめる哲朗の様子からして、おそらくは期待外れだったのだろう。

 ──こんな人類の規格外を相手にさせられた先輩諸氏に、俺は心底同情するが。


 なにせ、中1の時に道で後ろから外車に3メートル程跳ね飛ばされたにも関わらず、アスファルトの上からケロッとした顔で起き上がってきたからなぁ。

 本人いわく、「受け身さえとれば、この程度の衝撃、問題ない」って言ってたけど──背後から跳ねられて無傷とか、どんだけ~。


 そのタフさを別にしても、純粋なパワーとスピード自体も桁外れだ。それだけでも脅威なのに、まがりなりも一つの流派の跡取りとして、小さい頃から仕込まれてるし。


 武道以外の球技なんかでも、コイツのパワー&スピード&スタミナは遺憾なく発揮される。まぁ、“バカ”だから時々ルールを忘れるのがネックだが、そこは“バカ”だから仕方ない。


 「──何やら、ひどく“バカ”にされたような気がするんだが」


 珍しく鋭いな、哲朗。


 「安心しろ。事実を端的に述べただけで、誹謗中傷は一切してないから」

 「む、ならばよし!」


 ウムウムと腕組みして頷いてる哲朗と肩をすくめる俺を、まりやはアルカイックな微笑を湛えて見守り、一方珠希は困ったような顔をしている。

 やっぱり珠希はやさしいなぁ。


 「珠希は、何かしたいこととかないのか?」

 「ふみ? うーーん、“やきぅ”とか“さっかー”には、ちょっときょうみはあるけど……」


 コイツが言ってるのは、間違いなく観戦じゃなく実地の方だよな?

 生憎、ウチの学校には女子野球部も女子サッカー部もないからなぁ。無論、マネージャーにして他の男の着たモン洗濯させるのは論外だ。


 「だったら、れんたろーといっしょの部がいい!」


 そう言ってくれるのは有難い限りだが……。


 「その運動能力を活かさないのは、もったいない気もするな」


 元猫・現人(猫又)という経歴のおかげか、珠希もまた運動能力全般がハンパじゃなくいいんだよな。


 「あら、でしたら、廉太郎が何か運動部に入ればよろしいのではありませんか?」


 よしてくれ。俺は、このグループでは頭脳労働担当って決まってるだろ。まぁ、悪知恵関係では、まりやに勝てる気がしねーけど。


 「ヒドい! 偏見ですわ。わたくしは、こんなにも素直で純粋ですのに……」


 よよよ、と泣き真似をするまりや。


 「確かに、「自分に」素直で、「おもしろい事に」純粋だわな」

 「──ストレスを溜めないことが、美容の秘訣ですのよ?」


 その分、周囲にしわ寄せがイッてる気もするけどな!


 と、いつものようにオチがついたトコロで、まりやが少しだけ声色を改めて、俺達に問いかける。


 「わたくしと廉太郎の見解の相違はさておき、もし皆さんが特に入る部活を決めてらっしゃらないようでしたら、わたくしの設立する予定の同好会に入っていただけません?」


 ?


 「同好会って──お前、演劇部はどうするんだ?」


 中学時代のまりやは、看板女優兼脚本家として、それまで無名だったウチの学校の演劇部を、市のコンクールで優勝させた手腕の持ち主だ。

 当然、高校でも演劇部に入るとばかり思ってたんだが……。


 「それが──現在、恒聖高校には演劇部は存在しませんの。なんでも昨年度末、あまりに幽霊部員が多いうえ、残った部員も真面目に活動してなかったために、廃部になったそうですわ」


 明度100%を絵に描いたようなまりやも、流石に少し沈んだ声になっている。


 「そりゃまた災難だったな、まりや」

 「まりや、ふぁいと!」


 俺と珠希が慰めるが、まりやは微笑って、首を振る。


 「いえ、確かに残念ではありましたけど、コレもよい機会かと思うのです。

 舞台に立つことは好きですけど、わたくし、それ以外にも以前から温めてきました腹案がありますの」

 「へ? 同好会って、演劇のじゃねーのか?」


 哲朗が口にした疑問は、俺も同感だった。てっきり、無くなった演劇部の代わりを作るとばかり……。


 「違いますわ。第一、演劇サークルを立ち上げ、3人が協力してくださるとしても合計4人。これでは普通の劇の上演は難しいでしょう?」


 まぁ、そう言われれば、確かに。

 劇については素人だからあまり詳しいことはわからんが、上演時に照明と音楽がひとりずつ必要として、残るふたりで俳優をすることになる。

 俳優ひとりふたりの舞台も中にはあるんだろうけど、役者の少なさは確実に足枷になるだろうしな。


 「わたくしが考えていますのは──端的に言えば“応援部”でしょうか?」

 「えーと、応援団つーかチアリーディング部は、すでにあるみたいだが。それとも、学ラン着て太鼓叩くアレの方か?」


 確かに、哲朗ならそういう格好がいかにも様になるだろーが…。


 「はなのおーえんだん?」


 ──誰だ、純真無垢な珠希に、あんなオゲレツ漫画読ませた奴は!? いや、ウチの親父以外にありえねーけど。


 「? まんがじゃなくて、びでおだったよ?」


 映画版かよ!? 漫画以上にニッチだな。まぁ、平成版の方ならB級バイオレンスアクションと言えないこともないが……。

 いずれにしても、帰ったら親父に3回転半捻りでバカルン超特急をキメることを決意しつつ、俺はまりやに続きを促す。


 「いえ、言い方が悪かったでしょうか。もっとわかりやすく表現するなら──そうですね、さしづめ“お助け部”とでも言うべきクラブですわ」


 まりやの説明したサークルの主旨は、要するに「人手が足りなくて困っている部活を臨時でサポートする」というものらしい。


 「要は人材派遣会社みたいなモンか?」

 「的確なたとえですけど……その言い方は夢がありませんわ」


 と、まりやはムクれたものの、「だいたいあってる」というコトなんだろう。


 「筋肉男とタマちゃんが所属してくだされば、男女とも運動部へのサポートは完璧でしょう? 芸事関係はわたくしが、それ以外の文化部関係は廉太郎が担当すれば、十分機能すると思うのですけど」


 その布陣だと、俺はオマケのいらない子に聞こえるんだが……。


 「いえいえ。むしろ、ある意味万能ユニットとして貴方の活躍に期待してますのよ?」


 要するに器用貧乏ってコトね、ハイハイ。


 結局、俺達3人は、まりやの思惑に乗ってみることにした。

 なんだかんだ言って、中学時代は、それぞれ別個の部活──まりやは演劇部、俺は電脳部、哲朗は帰宅部?──に属してたから、放課後一緒に行動する機会は限られてたからな。


 それに、このふたり相手なら、珠希の件で俺もヘンに気を使わずに済むし。


 「それじゃあ、同好会成立のための手続きは、わたくしお任せください。放課後までに書類を書いて、生徒会に提出しておきますわ」

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