【2.愛すべき隣人と気遣い無用の馬鹿_b】
まぁ、そんなクソくだらない雑談を交わしてるうちにチャイムが鳴り、今日も
大学にまで行けば多少は違うのかもしれないが、この国では小中高と学校に於ける授業風景なんて、合計12年間ロクに変わり映えしないのがお約束だ。
俺達学生の側からすると、ありていに言ってつまらない。
無論、中には「古典文学が好きで古文の時間が待ち遠しい」とか「科学者になるのが夢で理科の時間がおもしろくて仕方ない」などというケースもないワケではないだろう。かく言う俺も、歴史や地理の時間は結構好きだし。
しかし、それを踏まえても大半の授業ってヤツはやっぱり退屈だと言うのが、ほとんどの学生の本音だろう。
エスケープは論外としても、高校生ともなれば、教師の目を盗んで、居眠りや内職、早勉、ケータイなどで時間を潰す人間は少なくないし、俺みたく一応板書だけは書き写しているものの、授業内容の大半は右から左という人間は、さらに多い。
ところが。
「みゅう……」
教師の授業内容に可愛らしい耳(ちゃんと人間のソレだぞ、念のため)を熱心に傾けつつ、懸命にノートを取っている珠希のような存在を間近で見せつけられると、テキトーに授業を聞き流すのは、自分が汚れた人間になったような気がして、どうにも居心地が悪い。
結果的に、俺もそれなりに真面目に授業を受けるハメになってるのは、良かったんだか悪かったんだか。
「かーーーっ! さすが彼女持ちは言うコトが違うねぇ」
ようやっと午前中の授業が終わり、一緒に昼飯を食うべく、俺達は弁当を持って中庭のカフェテラスへと向かっているトコロだ。
「意味がわからん。それより、哲朗、お前さんこそ授業中に大いびきかいて寝るのはやめれ。英語の高梨先生が泣きそうになってたぞ」
俺達みたくつきあいの長い人間から見れば、コイツは「頭はアレだが気のいい大男」なんだが、190センチ100キロオーバーの全身マッチョな角刈り男をよく知らない奴らが見ると、世紀末覇王の如き威圧感を感じるらしい。
今年から教師になったばかりで、いかにも気が弱そうな高梨女史なんか、注意するどころか声をかけるのさえ、多大な勇気を要する行為なんだろう。
それなのに、「あの……山下くん、起きて……」と言う女史の声なぞ一向に気にも止めずに、コイツはグースカ寝てやがったのだ。教師の面目丸潰れな高梨先生が涙目になったのも無理はない。
「おぅ、ことりちゃんを泣かしちまったのか。そりゃまた悪いことをしたな」
高梨ことり、23歳。身長152センチとやや小柄だが、某アキバ系アイドルのひとりと似たルックスと、推定Dカップの胸、そしていかにも良家のお嬢さん的なか弱い系のオーラで、男子生徒の大半からはアイドル的な人気がある。
え、俺? 俺は別に。ルックスは、珠希やマサねぇやアイツの方が上だし、ああいったお上品過ぎる女性はイマイチ好みじゃないしな。
「先生のこともあるが、お前さんの成績の方が俺は心配だよ」
言うまでもないと思うが、体育以外のコイツの成績は限りなく低空飛行している。中学までと違って、高校からは成績次第では留年とかもあるんだがなぁ。
「てつろ、授業中にねるの、よくない」
珠希にまでたしなめられて、流石に哲朗もバツが悪くなったようだ。
「いや、俺ぁ、どうも英語の長文読んでると、すぐに眠くなんだよ。お前ら、よく平気だなぁ」
まぁ、気持ちはわからんでもないが。
「慣れだ慣れ。さもないと、下手すりゃ試験の最中に寝ちまって白紙のまま、ってコトも考えられるぞ?」
「さすがにそりゃ勘弁だな。とは言っても、こればっかりは、中学3年間で半分習慣になっちまったからなあ」
「んなコトだから、定期試験のたびに俺とか小杉先生に泣きつくことになるんだよ」
て言うか、今年は担任なんだから、小杉先生には頼れねーぞ? 依怙贔屓になっちまうし。
「ゲゲッ!」
どうやら気づいてなかったらしい。
「だから、せめて授業中は起きてノートくらい取れって」
「ぐぬぅ~、それが出来りゃあ、そうしてるわい!
にしても、自称頭脳派の廉太郎はともかく、珠希ちゃんはよく辛抱できるな。これまで学校の授業なんて受けたことないんだろ?」
あ、ソレは俺もちょっと気になってた。
俺と哲朗の視線を受けて、珍しく珠希がモジモジしている。
「にゃあ……だって珠希、知らないことだらけだから。れんたろーといっしょに進級するためにも、お勉強、がんばらないと」
け、健気だ! そして、ちょっぴり頬を赤らめてるのが、めっさかわえぇ~。
人目があることも忘れて、思わずモフモフしようと手を伸ばしかけた俺だったが……。
「やぁ~ん、タマちゃん、らぶりーですわ~!」
目の前で、隣りのクラスに所属する、もうひとりの幼馴染にかっさらわれた。
珠希に背後から抱きついて頬摺りしている黒髪美人の名前は、武ノ内まりや。哲朗と同じく幼稚園時代からの友人かつ同級生で、当然タマ=珠希とも面識はあるし、俺では教えられない“女の子のアレコレ”的な面では世話になっている。
──まぁ、コイツから教わるというのも、ソレはソレで複雑な気もするが。
「ふみぃ。まりや、はなして~」
「コラコラ、そんな羨ましいコト、おにーさんは許しませんよ!」
「あら、フィアンセの廉太郎ならともかく、あなたの許可は必要ありませんよ、マッチョダルマ」
そう言いながらも、本人も苦しがっているようなのでアッサリ離れる。その辺の絶妙な距離感の見極めは、流石まりやならではだ。
左を腰にやりながら、腰まである艶やかな黒髪をサラリと右手で掻き上げる仕草は、コイツが元演劇部である事をさっ引いても芝居気たっぷりで、そのクセおそろしく様になっている。
あ、今も廊下を歩く男子生徒が数人、見惚れて顔を赤らめている。まだ入学一週間目だから、コイツの正体知らんのだろうなぁ。
「誰がマッチョダルマだ、誰が!」
哲朗にしては珍しく、レスポンスが早いが……。
「もちろん、あなたです」
「てつろ、まっちょだるま?」
「まぁ、知り合いで該当しそうなのはコイツしかいないな」
俺達3人に即答されてあえなく撃沈する。
「まぁ、そんなコトはさて置き」
「さておくな~!」と言う声はアッサリ無視して、ちょうどカフェテラス前まで来てたので、空席を探す。
「まりやも一緒に昼飯食うつもりだろ? この時間で4人分まとめて座れるとこがあるかね?」
カフェテラスは、当然ながら昼飯時の人気スポットなので、少し出遅れ気味な今日なんかマズいんだが。
「ご心配なく、私が先に確保しておきましたから。そこの動く蛋白質塊も、床でいぢけてないで、さっさとお昼を摂らないと、ご自慢の上腕二頭筋と僧帽筋が衰えますよ?」
「なにっ!? ソイツは、マズいな。廉太郎、さっさと飯食おうぜ!」
その如才なさと言い、哲朗の扱いと言い、流石まりやだな。
俺達4人はいずれも家から弁当持参なので、まりやが確保した席に着いたら、即食べることができる。
とは言え、一応飲み物は必要だろうと、俺は給湯器から熱いお茶を4人分確保してくることにした。
トレイに4人分のお茶を載せて戻ると、友だち甲斐のない哲朗がガツガツ食べ始めているのは、まぁいつものコトだ。
「あら、タマちゃん、このコロッケ、もしかしなくてもお手製かしら?」
「うん、カニクリーム。れんたろー、このあいだ作ったら、よろこんでくれたから」
「あらら~、恋するお嫁さん候補は、けなげですねぇ」
「でも、ママさんの足もとにもおよばない。まりやの肉まきごぼうもおいしそう」
「うふふっ、そりゃあ、乙女歴は私の方がずっと上ですもの。まだまだタマちゃんに負けるワケにはいきませんわ♪」
美少女ふたりがお弁当を広げて仲睦まじくプチ品評会している様子は、傍目には微笑ましいんだが……。
(これで、このふたりが、元男と男の娘ってのは、ある意味詐欺だよなぁ)
武ノ内毬哉。日舞の家元・武ノ内家の跡取りで、そちら方面での評判も高い御令嬢──ではなく御令息。
ただし、幼い頃から、服装・外見・声・立ち居振る舞いから性格に至るまでほぼ完全に女の子で、学校にも女子制服での通学が認められている。
一応、クラスで自己紹介した時は、男であることをカミングアウトしたらしいが、本人の意識も周囲の扱いも、ほぼ完全に女生徒へのソレだ。着替えも女子更衣室でして、誰も咎めないらしいし。
「なんで、俺の周囲には、こういう濃いメンツが集まるのかねぇ」
いいヤツであることは確かなんだが……と、コッソリ溜息をついてしまう俺だった。
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