【2.愛すべき隣人と気遣い無用の馬鹿_a】

 ともあれ、こうした経緯で、タマ改め珠希は、再び俺の家で今度は俺と同い年の少女として暮らすことになり、あまつさえ俺と同じ高校に通うことになったワケだ、まる。


 「?? れんたろー、せんせー、来たよ」


 おっと、回想してる間に、いつの間にか教室に着いてたらしい。


 「みんなおはよ~! 休んでる子はいないよね? いたら返事してー」


 教師に入って来た我がクラスの担任──小杉真紗美教諭(国語担当・24歳・独身&恋人なし)が、いつもの如くまるで小学生に話しかけるような口調で、出欠確認する。


──シーーーン……


 「うん、全員出席と」


 相変わらずシュールな光景だ。コレがウケを取るためのギャグとか言うなら、まだわからないでもないが、この人、正真正銘マジだからな。

 家が近所で、物心ついた頃からの知り合いだなんて、ある種の腐れ縁的関係にある俺は、そのことをよ~く知っている。


 「今朝の伝達事項はとくになーし! それじゃあ、みんな、今日も一日頑張ってねー!」


 能天気な声をあげると、小杉先生は元気よく教室を出て行った。


 「……おかげで、ウチのクラスのHRって、いっつも時間が余るんだよな」

 「ふにゅ? まさみセンセは、いい人」


 まぁ、善か悪かで二分すれば、前者であることは間違いないけどな。

 あのアバウトさで、いつか身を滅ぼすのではないかと、他人事ながら一応弟分的立場の身として、時々心配になるんだよ。


 「ハッハッハッ大丈夫だろ。真紗姉が“後悔”なんて高度な感情を持つ日が来るなんて、オレには想像できん」


 その言葉、そのままソックリお前に返してやるよ、哲朗。


 「まぁ、そう褒めるな。ハハハ」


 ──いや、全然褒めてないんですけど。


 この「どこからどう切っても体育会系脳筋馬鹿」丸だしの男は、山下哲朗。

 一応、コイツも日本語の定義的に“幼馴染”の範疇に入らなくもない。そんな関係の友人だ。


 小杉先生が“大雑把アバウト”なら、哲朗こいつは“考えなしノーシンキング”を地でいく男だ。

 フォローする者の身にもなってほしいが──まぁ、無理だな。そんな高等技術、一生かかってもコイツが習得するとは思えない。


 「おはよう、てつろ」


 ウチの両親を「ママさん」「パパさん」と呼ぶ珠希にとって、コイツは俺以外に名前を呼ぶ数少ない人間のひとりだ。


 さっきも言った通り、俺達──俺と哲郎と小杉先生ことマサねぇ、そしてココにいないもうひとりは幼馴染で、小さい頃から、互いの家をよく行き来してた。

 当然、ウチに遊びに来た時は、タマだった頃の珠希とも頻繁に顔を合わせており、自然と(あくまで猫と人間という範疇だが)仲良くなっている。


 ちなみに、その3人は、ウチの家族以外で唯一珠希が元タマであることを知っている。嘘が苦手な珠希があとでボロを出すとマズいので、下手に隠し事するよりはと、家に呼んで真相を説明しておいたのだ。


 まぁ、この「牡猫が美少女になった」という非常識事態をどこまで信じてくれたかは、本人達のみぞ知るだが、表立っては3人とも了解して、いろいろフォローや協力をしてくれることになった。


 「グッドモーニング、珠希ちゃん! あいかーらず可愛いな!」

 「てつろも、すごく元気。元気なのは、いいこと」

 「うむ、俺サマから元気を取ったら何も残んねーからな!」

 「──それ、自分で言っちゃうのかよ……」


 はぁ……ま、哲朗らしい、っちゃらしいが。


 「お、なんだなんだぁ? いくら頭脳労働担当だからって、朝っぱらシケた顔してると、嫁さんが悲しむぞ!」


 「余計なお世話だ!」とか「まだ嫁ぢゃねー!」とか言い返したいのは山々だが、俺としても珠希をショゲさせるのは本意じゃない。


 「こちとら一般人なんだ。お前さんみたく筋肉神「のみ」に愛されたセントマッスルと比べんな」


 と言い返すに留めたんだが……。


 「おぉ! やっぱり俺の筋肉美は、神の祝福を受けていたのか! 廉太郎、その神さんを祀るには、何したらいいんだ? プロテインでも供えるのか??」


 しまった。自分に都合よく勘違いしてやがる。

 ──もっとも、ナルシス一歩手前(もしくは半歩踏み越えかけ)のマッスルフェチ野郎に、うっかり「筋肉」のことを話題にした俺が間違いだったのかもしれんが


 「皮肉や諧謔って、受け取る側にも一定の知的レベルがいるんだなぁ」


 ガックリ肩を落とす俺を、ワケがわかってなさそうな珠希が、それでもポンポンと肩を叩いて慰めてくれたのは、ちょっと泣けた。

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