【後篇】
「伯方季多乃です。田舎者で都会の暮らしには不慣れなことが多いですけど、よろしくお願いします」
ゴールデンウィーク明けの初日。丁寧な口調で自己紹介し、ペコリと頭を下げる転校生の出現に、男女問わずクラスの連中がざわめいた。
男子は「美少女キタコレ!」と思って盛り上がってるんだろうし、女子はライバル視する子が半分、可愛いもの好きで琴線をくすぐられた子が半分ってところか。
さすが、例の白粉塗った日から丸一週間、美也ねぇ&俺の母さんにスパルタ女の子教育受けただけのことはある!
──感心していいのかな、ここ。
(正体知ってて、良かったような残念なような)
そのクラスの盛り上がりから一歩離れて苦笑する俺を目ざとく見咎めるヤツがいた。
「おりょ、ヒイラギがこのテのイベントで騒がないのって珍しいね」
某囲碁漫画のライバル少年を思わせる風貌をしたコイツの名前は紅井円(くれない・つぶら)。俺の小学4年生の頃からの友人だ。
「まぁ、アイツが来るのは知ってたからな」
「へぇ、知り合い? あ、もしかして、親同士が決めた許婚同士とか?」
──ブーーーーッ!!
い、いきなり、なんてこと言うんだ!
「今時、そんな時代錯誤なしきたりあるわけないだろ! 単にバ…美也ねぇつながりで知り合っただけだ」
「ああ、美也さんの。納得」
ちなみに、こいつは、6年生の時にとある心霊事件に巻き込まれて美也ねぇに助けられたこともあって、美也ねぇの正体を知っている。
「じゃあ、あの娘も、ソッチ関係者なんだ」
だから、小声でこういうコトも聞いて来るわけだ。
「まぁ、な。クラスのみんなにはナイショだぞ」
曖昧に肯定しつつ、一応釘は刺しておく。円は口の軽い奴ではないから、大丈夫だとは思うけど。
「伯方さんは親御さんの都合で、いつまた転校するかわからないそうだが、このクラスにいるあいだは、みんな仲良くするように。
それで席は──うん、鰯水の隣りが空いてるな。元々知り合いみたいだし、ちょうどいいか。鰯水、転校生の面倒を見てあげなさい」
ぐわ……先生、何でいきなりそれをバラしちゃいますか!
「ふふ、よろしくね、ヒイラギくん」
教壇の前からしずしずと歩み寄り、俺の左隣りの窓際の席についた“彼女”がニッコリ微笑む。正直、正体知ってても見とれるレベルの可憐さだ。
「あ、うん、こちらこそお手柔らかに頼みマス」
クラスの連中(おもに男子)のジェラシーな視線の重圧を感じながら、俺はかろうじてそう応えるしかなかった。
* * *
“彼女”──伯方季多乃は、意外なことにウチのクラス、それも主に女子の輪にアッと言う間に馴染んだ。
どうやら、“田舎者”、“転校が多い”という設定とピュアで素直な性格が、ウチのクラスの世話焼きな女子連中の保護欲をチクチク刺激したらしい。
まぁ、そいつらも今時のギャル系とかじゃなくてどちらかと言うとマジメな奴らが多いし、悪いようにはならないだろう。
無論、男子からの人気はウナギ昇り。おかげで、俺は単なる同居人(まぁ、それ以外に裏の協力者という立場もあるけど)なのに、妬みの視線を受けること受けること。
とは言え、同じ家に住んでるから朝は一緒に登校することが多いし、季多乃(本人に名前で呼んでくれと言われたんだ)が俺と同じ部活──天文部に入ったこともあって、「……アヤしい」「まさか、デキてるんじゃないのか?」と疑われることもしばしばだ。
部活に関して言えば、俺がどうこうと言うより、天文部なら夜の学校に残っていても「部活の天体観測です」という言い訳が使えるというだけなんだけどな。
「でも、ヒイラギだって伯方さんと噂されること、イヤじゃないんでしょ?」
さすがに5年も親友やってるだけあって円のヤツは鋭い。
「そりゃ、それなり以上の美少女と噂になるなんて貴重な経験、今後の俺の人生では、まずなさそうだしなぁ」
実際、“彼女”は、“友達”、“クラスメイトの女の子”として見れば、ものすごくいいコで非の打ちどころがないんだな、これが。
うぅ~、つくづく、事前に正体を知ってしまったのが口惜しい。知らなければ、しばらくの間とは言えいい夢見られたのに(その分、正体が露見した時の絶望感もスゴいだろうけど)。
で、季多乃が転校してからおよそ半月ほどの間を空けて、今度は美也ねぇが新任の英語講師として赴任してきた。
こんな中途半端な時期の赴任って結構不自然だと思うんだけど、そこを気にしてる人がほとんどいなかったのは、美也ねぇの外面の良さとフランクな性格のおかげだろう。
「ところで、肝心の七不思議とやらは、いつ頃発現するのさ?」
俺と季多乃と3年の部長以外は、ほぼ幽霊部員と言っていい(つーか、先日までは俺もその中に入ってた)天文部の部室で、この場に身内しかいないからって、被ってる猫を脱いでダラケてお菓子食べてる美也ねぇに聞いてみた。
ちなみに、今日は部長も用事があるらしくお休みだ。
「チッチッチッ……ヒィ坊、怪談って言えば、夏が旬って相場は決まってるでしょ」
「たぶん、七月か八月。後者の方が可能性は高いかな」
季多乃が美也ねぇの言葉を補足する。
「マジか!? だったら、こんな早くに潜入することなかったんじゃないか?」
今は五月末。七月までとしても丸々1ヵ月はある。
「バカだねぇ。ヒィ坊、転校や転任したての人間が、簡単に情報収集できるほど周囲の輪に溶け込めると思うかい?」
「うッ……!」
至極理に適った美也ねぇの指摘に俺は呻く。
「それに、ボクや猫ちゃんが来た途端に怪現象が発生したら、ボクらがその原因だって周囲に疑われかねないしね」
季多乃が複雑な表情で苦笑する。
そう言えば、昔、美也ねぇ──バァちゃんも言ってたな。悪さをしてた妖怪を退治したからって、必ずしも感謝されるとは限らないって。
美也ねぇや季多乃は、きっとそういう理不尽な扱いを何度も受けて来たのだろう。
何となくやり場のない怒りを感じてしまう。
「うん、わかった。俺もできる限り協力するよ」
これまでのような消極的なそれではなく、それなりに積極的にこの事件に関わる気になったのは、人知れず頑張るこのふたりの努力に少しでも報いたいと思ったからだ。
「ありがとう、ヒイラギくん」
「ま、ケガしない程度には頑張んなさい、男の子」
ふたりは顔を見合わせると優しい笑顔を返してくれた。むぅ、なんとなく照れくさいぜ!
* * *
──そんな、ちょっといい話風の会話を三人でしたはいいものの。
実は七月に入っても、いっこうにそれらしい怪異が発生しなかったんだな、コレが。
一応、ウチの学校にもそれらしい七不思議の噂自体はあるんだけど、季多乃によれば今のところその大半が眉唾物。
かろうじて“トイレの花子さん”だけは本物がいたみたいだけど、そのコもちょっと生徒を脅かすくらいで、ほとんど無害な存在らしい。
さらに八月に入っても、その状況はほとんど変わらない。
夜間は、天体観測と称して学校に集まり、こっそりパトロールしているんだけど、いまだにソレらしい気配がなかった。
ずっと気を張っていても疲れるだけと言うことで、俺達──俺と季多乃は、昼間は中学生らしく、プールで泳いだり、映画やゲーセンに行ったり、渋々ながら宿題片付けたりしている(美也ねぇは平日は仕事。一応、教師だし)。
で、そんな風に、起きてる時間の大半を一緒に過ごしてるおかげ(?)で……なんかこう、隠しパラメーター的な好感度が日に日に上がってる気がするんだよ──それも、俺だけじゃなくて季多乃の方も。
いや、だってしょうがないって!
プールで恥ずかしそうに水着(ちなみにピンクのワンピースタイプ)のお尻のところ直そうとしてるトコとか……。
ゲーセンでゲームしてる時、座ってる季多乃の後ろから色々教えてあげてる時に、ふと髪の毛から漂う女の子らしいフローラルな匂いだとか……。
並んで一緒に宿題をやってる(ちなみに一応中の上クラスの俺が教える側だ)時、勉強疲れしたのかコックリコックリ居眠りして、俺の方にもたれかかってくる彼女の体温とか……。
いくら“元”を知ってても、こんだけ“萌えイベント”が連続発生したら、男なら堕ちないワケないだろ!?
おまけに、そういった“アクシデント”が起きるたびに、何だか季多乃の方も、どんどん女の子らしさがアップしてる気がするし。
(うぅ~、俺が道を踏み外す前に、早く七不思議とやらが起こらないかなぁ)
──という俺の願いもむなしく、結局何事もなく(いや、お盆周辺で多少の霊的トラブルはあったけど)夏休みは無事(?)終了し、二学期を迎えてしまった。
おかげで、俺と季多乃はと言えば、「花火大会の縁日に浴衣でお出かけ」から「花火をバックにしたファーストキス」に至るラブコメ的夏休みファイナルイベントまでこなしてしまい、結局“季多乃ルート”への第一歩を踏み出してしまったのだ!
後悔は──全然してないと言えば嘘になるけど、今が幸せだから先の事には目をつぶろう、うん。
「それにしても、どういうこと!?」
「おかしいなぁ。あの子の夢見は、まず外れた試しがないんだけど」
今より数えて月が二度満ち欠けした夏の頃
つねにきよき星の光に守られし学び舎に
禍々しき七つの影あり
其は学び舎に伝わりし影の伝承なり
禁断の扉が開かれ、陽が陰へと変わり
三つは生還し、三つは闇の贄となる
──とか言う、季多乃たちの知り合いの、的中率ほぼ100%な占い師(?)からのいかにもなお告げがあったから、ふたりはこの件に関わる気になったらしい。
「おおよその場所の見当はこの町だったし、“星の光の学び舎”って言うから、てっきりこの光星中学のことだと思ったんだけどねぇ……」
……ん?
「美也ねぇ、季多乃、ちょっと待った! 「つねにきよき星の光に守られし学び舎」の部分だけどさ。これ、「恒に聖きほしのひかり」とも解釈できるよな?」
「まぁ、少々厨二的当て字っぽいけどね」
ほっとけ、こちとらリアル中学二年生だい!
「だったらさ、
「「!」」
いや、ふたり揃って「その発想はなかった」的な視線で俺を見るのはやめようよ。
* * *
その後、美也ねぇのツテを辿って調べてみたら──見事にビンゴ! まさにこの夏休み中に、恒聖高校で七不思議にまつわる怪事件が勃発していたらしい。
なんでも、夜の学校で肝試しをしていた推定6人の男子生徒がことごとく姿を変えられ、3人が妖怪として取りこまれ、生還した3人も全員女の子になってしまったらしい。
(「陽が陰へ」って、そういうことなんだろうなぁ)
しかも、帰還した被害者のひとりは14歳に若返り、ウチの中学で俺達のクラスの隣りに在籍してることになってるし。
で、もうひとりは半猫又娘化、残るひとりはトイレの花子さん似の女子小学生になったんだとか。
結局、今回の失敗へのフォローも兼ねて、美也ねぇは隣りのクラスのその子──内田さんが卒業するまでは、教師を続けるつもりらしい。
「で、キィちゃんはどうする?」
「ボクは……そのぅ、ふたりに異論がなければ、卒業まではココにいたいかな」
ちょっと恥ずかしげにそう言う季多乃だったけど、俺に異論があるはずもない。
「ふーん、へぇ、ほぉ……そっか、ようやっとキィちゃんにも遅い春が来たか」
!
やべぇ、美也ねぇにバレた!? せっかく、今まで細心の注意を払って俺達の関係を隠し通してきたってのに。
「安心おし。別にとやかく言うつもりはないわよ。ただし……ヒィ坊、キィちゃんはあたしにとって兄にも等しい親友なんだからね。泣かせたらタダじゃ済まないよ」
もっとも、今の格好だと兄って言うより妹だけどね、とケラケラ笑う美也ねぇ。
「おじ様も異論はないみたいだし……」
! 忘れてた、そういうヒト(?)もいたっけ……。
『うむ。このような形と言えど、孫が見られるのなら、それは喜ばしいことじゃからな』
あ、意外。許してくれるんだ。てか、孫はさすがに気が早いよ!
『当然じゃろう。これ、少年、接吻までは大目に見よう。じゃが、お主が学校を卒業して働くようになるまでは、それ以上の淫らなことはお預けじゃぞ!』
いいっ、それはキビしい──とは言え、昭和的貞操観念の持ち主が相手なら仕方ないのかなぁ。
そんなワケで、季多乃は今日も俺と一緒に元気に学校に通っている。
お淑やかで可愛くて、勉強はちょっとアレだけど、意外なコトを知ってる知恵袋で、しかも優しくてピュア。
元男であることをさっ引いても、俺にはもったいないくらいの彼女だよなぁ。
「──どうかしたの、ヒイラギくん?」
隣りを歩いていた季多乃が見上げるように俺の顔を覗き込む。
「うんにゃ、季多乃は可愛いなぁ、と思ってただけ」
「も、もぅ……」
恥ずかしがる彼女の手を俺が握ると、季多乃はソッと握り返してくれたのだった。
-おしまい-
<その裏で>
「ところで、おじ様、今となっては必要なさそうですけど、あの幽世白粉って、どうやって落とすつもりだったんですか? 水とか石鹸じゃあ落ちないみたいですけど」
『うむ、アレは対になる“
「が?」
『実は──その材料は幽霊族の男の“精”なのじゃよ』
「え? で、でも、幽霊族って、キィくんとおじ様以外絶滅したんですよね。で、おじ様がそんなだし、キィくんも女の子のキィちゃんになってるから……実質製造不可じゃないですか!」
『ははは、こりゃうっかりしておったわい!』
つまり、どうあっても、季多乃は元には戻れない成り行きだったということか。
道理で、えらく簡単にふたりの仲を認めた(のみならず秘かに“娘”を煽っていた)ワケだ。
ある意味、柊樹は責任をとるという口実で“訳あり物件”を押しつけられたとも言える──幸いふたりとも互いに想いあっているようなので、その辺りは今更気にする必要はないのかもしれないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます