その3(裏).墓場の方から来ました♪ -幽霊族退魔綺譚-

【前篇】

 その少女は、俺の中学校に転校してきた時から、クラスの注目の的だった。


 解けばお尻くらいまでありそうな綺麗な黒髪を白いリボンでポニーテイルに結い上げ、不思議な菫色の瞳と、お人形さんのように整った顔立ちを持つ、やや小柄な美少女。


 あまり口数が多い方ではないが、いつもニコニコと笑みを浮かべ、男女問わず誠実に受け答えする優しい性格。

 真面目そうな性格の割に、国語と歴史を除くと勉強はあまり得意ではなく、その反面、華奢な身体つきなのに、体育の授業ではスポーツが得意なクラスの男子に匹敵するほどの運動能力を見せるそのギャップ。

 よほどのひねくれ者でなければ、彼女に悪印象を抱くことは難しいだろう。


 俺? 俺も、まぁ、決して嫌いじゃない。

 授業中、チラッと彼女──伯方季多乃(はかた・きたの)の方に目をやると、俺の視線に気づいた彼女が、微笑みながら小さく手を振ってくれる。


 正直な感想を言えば、めちゃんこカワイイ! 自分でも締まりのない笑顔を返しているのがわかる。


 ──が。


 視線を黒板に戻して何とか心を落ち着けた途端、自己嫌悪にも似た後悔が俺の中に湧き上がる。


 (なに、デレデレしてんだよ。俺は、あの子の“正体”を知ってるはずだろ……)


 何度繰り返したかわからない、自らへ言い聞かせるためのその言葉も、最近ではあまり効果がなくなってきた気がするなぁ。


 * * * 


 さて、ここでひとつ俺の持つ重大な秘密を皆さんに暴露しよう。

 俺は──実は純粋な人間じゃない。いや、性格のことを言ってるわけじゃなく、主に血筋的な意味で。

 俺の母方の祖母は──じつは、化け猫だったんだよ! ナ、ナンダッテー(←某M●R風に)


 まぁ、“化け猫”って呼ぶと当の本人は「あたしは猫娘!」って怒るんだけどな。

 子供が3人、孫が7人いて、今年還暦迎えるクセに、何が“娘”だよ──いや、確かに外見上は20歳を超えたくらいにしか見えないんだけどさ。ほんっと、正真正銘の妖怪ババァだよな、二重の意味で。


 で、その孫のひとりである俺にも、その妖怪の血が8分の1(バァちゃん自体が半妖だからな)だけ流れてるわけだなんだけど……。

 ありていに言って、俺はお化けとかが見えるのと、ちょいと夜目と鼻が利くことを除くと、一般人とあんまし変わりない。

 母さんも人間と化け猫の間に生まれた割に、人外っぽい所はほとんど見受けられないから、そういう遺伝なんだろう。


 逆に、従姉の真緒ねーちゃんなんかは、妖怪由来の妖力と神社の血筋(伯父さんがそういう家柄なのだ)の霊力の両方を操れる、日本国内でもいまや希少な退魔巫女として、裏では各方面でひっぱりだこらしい。


 ──う、羨ましくなんてないんだからね!

 いや、ツンデレテンプレとかじゃなく、マジで。


 何せ、昔と比べると随分減ったらしいとはいえ、それでも妖怪とか悪霊、悪魔とか言われる類いの存在オバケが実在していることを、俺は自らの目で見てよく知っている。

 そんなヤバい相手と命がけの死闘をくり広げるなんて、一介の中学生には荷が重すぎるぜ。プリキ●アとか、よく女の子なのに戦いに行く気になるなぁ。やっぱ人生平和が一番だよ。


 そんなヘタレなポリシーを持つ俺だったが、残念ながら運命の神様は、その平穏無事な人生とやらを俺に授けて下さる気はなかったらしい。


 * * * 


 あれは確か、中学2年に進級したばかりの4月の終わりごろ。

 土曜の半日授業を終えて、今日は部活(ちなみに天文部だ)もないんで、さっさと家に帰って飯で食おう──と思っていた俺は、ヘンな少年に呼びとめられた。


 「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど、いいですか?」


 見た感じ、年の頃は俺と同じか少し下──おおよそ13、4歳くらいだろうか。顔立ちは整っている(ただし、イケメンと言うよりは小柄でショタ系な方向で)し、態度や言葉も丁寧なんだが、どこか俺の勘に引っかかるものがある。

 特に、その長い前髪に隠された左目が、すごく気にかかるんだが。


 とは言え、仮に目の前の少年が妖怪か、その関係者だったとしても、それだけで有害という判断を下すのは早計だろう。それを言うなら、俺にも立派な妖怪クォーターの息子なんだし。


 「はぁ、何でしょう」

 「ある人の家を探しているんですが──この辺で、鰯水さんと言う家をご存知ありませんか?」

 「えっと、鰯水はウチだけど……」


 言い忘れてたけど、俺のフルネームは鰯水柊樹(いわしみず・ひいらぎ)。節分の鬼除けかよ!? とツッコミが入りそうだが、まぁ、名前の字面自体は結構自分でも気に入っている。


 「え、本当に!? とすると、もしかして、君がヒイラギくんかい?」


 途端に少年の態度に親しみというかなれなれしさのようなものが垣間見えるようになった。


 「はぁ、そうッすけど……どちらさんで?」


 ま、十中八九は、バァちゃんの客だろうけどな。


 「ああ、これは失礼。僕はこういうものなんだ」


 少年は、虎縞タイガーストライプ──と言うにはやや幅の広い“黄色と黒の横縞模様のベスト”の内側から、名刺を取り出し、俺に一枚くれた。


 「……マジで?」


 名刺に書かれた名前を一瞥しただけで、俺は頭が痛くなってきた。


 そこには、バァちゃんが若い頃(って言うと、「今でも若いわよッ!」と怒られるだろうけど)、悪い妖怪退治のボランティアみたいなことを仲間とやってた時、そのリーダー格を務めていたという、強力な妖怪少年の名前が達筆な墨文字で書かれていたからだ。


 * * * 


 「はァ? ななふしぎィ!?」


 俺が素っ頓狂な声をあげてしまったのも無理はないと思う。


 あのあと、“バァちゃんの古い友人”である少年(いや、実年齢はバアちゃんとどっこいなんだろうけど)をウチに案内して、バァちゃんに引き合わせ、とりあえず義理は果たしたと部屋を出ようとしたところで、バァちゃんに呼びとめられたんだ。


 「ちょっと待った。ヒイ坊、あんたも一緒に話を聞きなさい」


 嫌な予感がヒシヒシしたものの、どの道、我が家の最高権力者であるバァちゃんには逆らえないから、渋々俺も腰を下ろした。


 で、バァちゃんと妖怪少年(どっちも見かけは実年齢から想像できない程若いけど)の話によると、近々俺の通う中学で、“本物の七不思議”が具現化するらしい。


 「七不思議って、しょせんは作り話の怪談だろ?」


 そりゃあ、目の前にいるふたりを例にとるまでもなく、妖怪や幽霊が実在することは、俺も自分の眼で見て知ってるけどさぁ。


 「甘いわね。あたしは“本物の”って言ったでしょ。たいていは作り話だけど、ごくまれに正真正銘の心霊現象である七不思議も存在するのよ」

 「日本に於いて“七”という数字は七福神や七曜などを例に挙げられるように神秘的なものの象徴でもあるからね」


 へ? それってラッキーセブンと言うか、いい意味じゃないの?


 「普通はね。でも、同時に七人ミサキなどに見られるように悪しき存在で“七”の数字を持つ者もある。そしてそれは大抵とても強い力を持つんだ」


 少年の目は真剣で、冗談やホラを言ってる様子は見受けられない。


 「えっと、それじゃあ、七不思議も……」

 「そう。本物が具現化すれば、少なからぬ惨事が引き起こされるでしょうね」


 な、なんてこった……。


 「バァちゃん!」

 「こら、美也さんとお呼び。ヒイ坊なら特別に“お姉ちゃん”って呼ぶのも許したげるよ」


 ごく一般的な感覚を持つ男子中学生としては、還暦を目前にした女性(しかも実の祖母)を「姉」と呼ぶのはいささか気が引けるが、ここで断わっても絶対ヒドい目に遭うに決まってる。


 「じゃあ、美也ねぇでいいや。美也ねぇ!」


 俺は、かつてない程真剣な目付きで、バァちゃん──美也ねぇの瞳(よく見ると確かにネコ同様縦型の瞳孔なんだ)を見つめる。


 「ん? なんだい?(へぇ、なかなかいい面構えになったじゃないか)」

 「俺……転校するよ! そんな危ない場所に通いたくないし!!」


──ズコーーーッ!


 前世紀のコメディ番組のノリを思わせる見事な“コケ”を見せる美也ねぇと少年。


 「こら、ヘタレたこと言うんじゃないよ! それでも誇り高きこの猫娘の孫かい!?」


 え? いや、ごく一般的な反応だと思うけど?

 この鰯水柊樹14歳、女の子とつきあったこともないのに、無用の危険に近づいて死亡フラグを立てるのは御免だ!!


 「夢や浪漫のない子だねぇ。だからモテないんだよ」


──グサッ!


 「クッ、イタいところを……」


 実際、クラスメイトとか友達とかにも「枯れてる」「若さがない」「ホントに中学生か、お前?」とか散々な評を下されたことがあるので反論できない。自分でも多少、大人びてる──というかヒネてる自覚はあるのでなおさらだ。


 「まぁまぁ、猫ちゃん、落ち着いて。ヒイラギくんは体質や能力的に普通の人間とほぼ変わりがないんだよね? それなら「君子危うきに近づかず」という態度も、あながち間違ってはいないと思うよ」


 妖怪少年がなだめてくれる。


 「けど、それを推して、僕らは君にお願いしたいんだ。ヒイラギくん、君達の学校で起こるかもしれない七不思議の怪異による被害を食い止めるために、力を貸してくれないだろうか?」


 真正面から、そんな風に頭を下げられたら、流石に断わりにくい。

 元より、俺だって自分の学校に愛着がないわけじゃない。友達だってそれなりにいる。もし、七不思議が起こってクラスメイトや知り合いがその被害に遭ったら──と考えるのは、決して愉快なことじゃなかった。


 「でも、俺がいたからって……」


 そう、さっき言われた通り、俺自身は、ほとんどただの中学生だ。幽霊が見えたり夜目が効いたりはするし、男子の平均よりはかなり運動能力もいいけど、それだって“人間離れ”したレベルじゃなく、「珍しいけどクラスにひとりふたりはいる」程度のものだ。


 「大丈夫、別にあたしらだって、ヒイ坊に戦闘ドンパチに参加しろなんて無理言うつもりはないさ。この事件はちょいと長丁場になりそうだから、ヒイ坊の学校に潜入捜査をするつもりなんだけどね、アンタには調査での案内と、日常面でのフォローを頼みたいんだよ」


 なるほど、それくらいなら……って、ちょっと待った!


 「美也ねぇ──いや、ここはあえてバァちゃんと呼ばせてもらうよ。バアちゃんの見た目がいくら若いからって、いくらなんでも女子中学生と言い張るのは無理があり過ぎだよ!」


 光星中ウチの女子の制服は可愛いと近隣でも評判だけど、どう頑張っても20歳より前には見えないバアちゃんが着たら完全にイメクラだ。


 「バカタレ! 誰が生徒になるって言った? あたしは、ちゃんと教師として赴任するつもりだよ!!」


 怒鳴り声とともに、“パシンッ!”とお茶受けのひよこ饅頭を顔面にブツけられた。結構痛ひ。


 「そ、そんなコトできるの?」

 「問題ないよ。そもそも、この事件(ヤマ)の話をあたしらに持って来たのは、アンタの中学の校長だからね」


 「アイツとも長いつきあいだからねぇ」と、昔を思い出す顔になるバァ──美也ねぇ。

 けど、それなら確かに多少の融通は効かせられるのかもしれない。


 「ただ、教師としての立場だと、どうしても生徒間での噂の調査なんかには穴が出るからね」

 「なるほど、そこで俺の出番ってワケか。でも、そういう怪談とかおまじないとかの噂話って、女子の方が好みそうだけど?」


 おおかた予想はつくだろうが、俺は女子の友達が多い方じゃない。そりゃ、クラスで席が近い子とかは普通に世間話くらいはするけど、あくまでその程度だ。クラブだって天文部なんて、弱小でマイナーな文化部の半幽霊部員だし。


 「その点は抜かりはないわよ。そのために彼に来てもらったんだから」

 「へ?」


 美也ねぇの視線は言うまでもなく、くだんの妖怪少年の方に向けられていた。


 * * * 


 美也ねぇによれば、教職員は自分、男子生徒は俺が情報収集するとして、女子生徒を担当するのをこの少年に任せるつもりらしい。


 「そりゃ、確かにこのヒト、背は低いし、わりかしショタ系の顔はしてるけどさ。短時間ならともかく、学校に通うとなると、さすがに女装してもバレるんじゃない?」


 俺としては至極当然の指摘をしたつもりだったんだが……。


 『その点は心配無用!』


 どこからか、聞き覚えのない──まるで某ベルベ●トルームの主が頭のてっぺんから出してるような甲高い声が聞こえて来た。


 「えっ? だ、誰!?」

 「お久しぶりです、おじ様」


 もしや亡霊か何か!? と、慌てる俺を尻目に、美也ねえちゃんが珍しく神妙な顔で頭を下げている。


 『うむ、久しいな猫娘よ。そして猫娘の孫、ワシはココじゃ!』


 声のする方をたどってみると、妖怪少年の髪に隠れた左目がぼぅっと光っている。


 『このような形で失礼する。今のワシは人間の前に姿を現すのは少々刺激が強いのでな』


 ──ああ、そう言えば美也ねぇから聞いた記憶がある。この声の主は、たぶん、我が子を思い、眼球だけになって生き延びた、少年の父親なのだろう。

 まぁ、確かに人間(妖怪だけど)の目ん玉がゴソゴソ動き回るのは、ちょっとしたスプラッターだ。俺としてもできればあまり見たくはない。


 「えーと、お気遣い感謝します。それで、何かいい方法があるんスか?」


 『うむ。オイ、例のアレを!』


 「はい、父さん、コレですね」


 少年が、出会ったときに右手に提げていた風呂敷包みを解くと、中からちょっと小さめの重箱のようなものを取り出す。


 『この幽世白粉(かくりよのおしろい)を使えば、息子もたちまち人間の女子に成り済ますことができるのじゃ!』


 親父さんいわく、本来これは少年の母など幽霊族の女性が使っていた魔法の道具で、彼女たちが人間の女性に化ける必要がある時に使う代物らしい。

 外見的に化けるのに加えて、彼が本来持つ妖気も極限まで外に漏れなくなるので、直接肌に触れたりしない限りは、かなり感覚の鋭い妖怪にだって“ただの人間の女”にしか見えなくなるんだってさ。


 『これさえあれば、たとえ全裸になって医者に診察されても、人間の女子にしか見えんじゃろうて』

 「まさに、潜入捜査にうってつけよね~。それに、あたしは近接戦闘にはそれなりに自信があるけど、搦め手から来るような相手は、やっぱりキィくんのほうが得意だし」


 はぁ、さいですか。けど、化けることになる本人はそれでいいのだろーか。


 「ははっ、正直あまり気は進まないけど、正体を隠して潜入するには、これが一番てっとり早くて有効な手段ではあるからね。

 それに……じつは、今時の中学生の生活ってのにもちょっと興味もあるし」


 ああ、成程。確かこの人、人間としての学歴は小学校卒(中退?)なんだっけ──いや、人間のフリして高校に通ってたんだったかな?

 まぁともかく、学校というものに好奇心を持つのはわからないでもない。


 「と言うワケで、これからキィくんを立派な女の子に仕立てあげるから、ヒィ坊も手伝いなさい!」


 と、美也ねぇに言われて、俺は美也ねぇとふたりで、裸になった妖怪少年の全身にサンオイルのごとく“幽世白粉”とやらを塗っている。


──ぬりぬりぬりぬり……


 (うぅ……相手が女の子ならこれほどの役得はないんだけどなぁ)


 心の中で滝のような涙を流しつつ、俺は全身に“化粧”されてる相手に目をやる。


 おそらく150センチを僅かに越えた程度の小柄な体、一度も日に焼けたことがないような白い肌、中性的で華奢な骨格──といった特徴は、あたかも年端もいかない少女を連想させるが、残念ながら胸に膨らみはなく、反対に股間には「ある」。

 流行りの“男の娘”としてなら通用しそうだが、二次元ならともかくリアル男の娘は、俺もノーセンキューだ。


 いや、そう思ってたのだが……。


 「す、すげぇ~!」


 くだんの白粉を厚めに肌に塗り広げていくだけで、少年の体がみるみる俺と同年代──中学生くらいの少女の裸身へと変わっていく。


 血の気の乏しい生白い肌が、血色のよい健康的な白さと滑らかさを持つ肌に変わる。

 筋肉も脂肪もない痩せた肢体が女の子らしい丸みを帯び、胸も緩やかに隆起する。


 顔つきに関しても、基本は変わっていないんだけど、幾分目元が優しくなり、頬がふっくらしたせいで、かなり可愛らしい印象になった。合わせてオカッパだった髪も随分と長く伸びている。


 「そして最後に残ったココ、男同士のよしみで、ヒィ坊、引導渡す?」

 「縁起でもないこと言うなよ! ──美也ねぇに任す」


 股間の一点を除いてほぼ女の子化した“彼”の裸身を、これ以上見続けるのは(スケベ心を上回る)微妙な罪悪感があったし、この状態で男のアレを弄り回したら、なんだかイケナイ嗜好に目覚めそうだ。


 俺は、ベトベトになった手を洗おうと、席を立った(ちなみにコレ、幽霊族専用で、人間には効き目がないそうだ。ホッとしたような残念なような……)。


 そして、洗面所から戻ってきて、美也ねぇの部屋のドアを開けると──。


 そこには、青と白の縞パン一枚の格好で、胸にブラジャーを着けようと悪戦苦闘する“少女”の姿が……。


 「ご、ごめん!」


 慌ててパタンとドアを閉じて、俺は自分の部屋へと逃げ込んだのだった。


 * * * 


 その後、30分ほどして美也ねぇに部屋に呼ばれた時は、俺もどうにか平静を取り戻していた。


 「じゃあ、カバーストーリーを確認しとくよ。

 ヒィ坊は普段通りでいいとして、あたしはヒィ坊の従姉で、大学出たばかりの新米英語教師ってことにする。これなら、頻繁に会って親しく会話してても、不審がられないからね」

 「それはいいけど──美也ねぇ、英語なんて教えられんの?」


 俺の疑わしいそうな目付きにニヤリと不敵な笑みを返した美也ねぇの口から、つぎの瞬間、至極流暢なクイーンズイングリッシュ(いや、本場物なんて知らんけど)が飛び出したので、俺は驚いた。


 「ニャハハ……若い頃のフリーター暮らししてた頃に、まぁ、いろいろ覚えたのさ♪」


 い、意外な特技だ。


 「で、次にキィちゃんだけど……」


 つい先刻までは、童顔気味とはいえ、俺と同年代(いや、ホントは美也ねぇと同世代だって知ってるけど)の少年に見えた“彼”は、見事なくらい“彼女”に変貌していた。


 ヒラヒラした薄く透ける素材でできた膝丈でノースリーブの白いワンピースの上に、ミントグリーンの七分袖カーディガンを羽織り、お尻くらいまである長い髪をラベンダー色のリボンでポニーテイルにまとめている。


 俺の視線を感じると幾分恥ずかしそうにもじもじしているが、それがさらに小動物的な愛らしさを醸し出しているのだ。

 その正体を知らなければ、うっかり一目ぼれしてしまいそうな、掛け値なしの美少女だった。


 「今時の中学生としての常識に乏しいことは……うん、家の都合で引っ越しが多くて日本中を転々としてたことにしよう。で、父親とヒィ坊の“祖母”が知り合いで、この町にいる間はこの家で世話になってるってコトで」


 恐ろしいのは、今の説明に何ひとつ明確な嘘がないことだな。


 確かに“彼”は妖怪退治のために日本中を奔走してたらしいし、眼球型の親父さんと、俺の祖母──つまり、美也ねぇ自身は友人だ。この家に居候することは──たぶん手回しのいい美也ねぇのことだから父さんたちの了解は得てるんだろう。


 ちなみに、その親父さんは、現在は休眠状態で“彼”の失われた目になりきっているらしい。おかげで、左右の瞳の色が違う(右目が菫色、左目は赤茶色だ)以外は、ほんとに普通の子に見える。


 「ところで、名前はどうする? さすがにそのままだと女の子の名前には聞こえないし、苗字も付ける必要があるね」

 「ああ、それなら、こんなのはどうかな?」

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