【Epilogue】
下ネタ好きでオープンな彼女にしては珍しく照れくさそうな純の問いに、聡美と澪はなんとなく顔を見合わせた。
「ウチは……恋人言うか、許婚がおるねん」
「い、いいなずけー!? それって婚約者の事だよね、ね?」
思いがけない澪の言葉に食いつく純。このテのコイバナになると目の色が変わるあたり、すでにすっかり女子に染まっている気がしないでもない。
「澪の家は名家だものね。でも、相手はどんな人? まさかひと回り以上歳上の分家の当主とか……」
躊躇いがちに聞く聡美の言葉を澪は笑い飛ばした。
「あはは、さとみちゃん、テレビの見過ぎやで。許婚言うても、昔からよぅ知ってる従兄の人やねん。男やった頃から、兄やんみたいに懐いてた優しい人やし、ウチとしては別段嫌な気はしてへんのよ」
ちょっと頬を染めて恥じらうその素振りからすると、「嫌な気はしてない」どころか大いに本人は乗り気なのだろう。
「ケッ! 人生勝ち組のお嬢はこれやから。さとみん、アンタはどうなの?」
なんとなく拗ねた目付きの純に問い詰められて、目を白黒させる聡美。
「えっと、いるようないないような……」
「なんやハッキリせぇへんなぁ」
珍しくツッコミを入れる澪の言葉に、聡美はますます困惑する。
「だって、ホントにわからないんだってば! 確かに男女問わず知り合いの中では一番仲がいいし、中学・高校・大学とかれこれ9年間も一緒にいるけど」
「いや、そんだけ一緒にいる仲の良い男なんて、どう考えてもコレじゃん」
呆れたような口調の純の言葉に、小声で聡美は反論する。
「だ、だって──私も彼もどっちも告白とかしてないし……」
「「はァ!?」」
異口同音に叫ぶふたりを尻目に、ボソボソ言い訳(?)する聡美。
「映画とか遊園地とか一緒に遊びに行ったことは何度もあるけど、デートは一度もしてないし」
(いや、それをデートと言うんとちゃうのん?)
「バレンタインにも手作りの義理チョコしか渡したことないし、ホワイトデーのお返しも彼のお手製ケーキだし」
(どこが義理だ、どこが! しかも彼氏の方はお菓子作りのスキル持ち!?)
「で、その彼の方には恋人とかいないの?」
なんだか無性に疲れた気がする純が、半分投げ槍気味に問う。
「私の知る限りでは、たぶん──やっぱり、私なんかが側でウロチョロしてるからかなぁ……」
(なぁなぁ、ソレって……)
(うん、間違いなく周囲は「ふたりはデキてる」と思ってるわね)
(さとみちゃんも美人さんなんやし、もっと自信持ったらエエのになぁ)
「そもそも私、澪みたいに美人じゃないし、純さんみたくスタイル抜群なわけでもないし、そもそも……(元男だし)」
澪の言う通り、客観的に見れば聡美も十二分に“美女”のくくりに入るのだが、どうやら側にいた逸材との比較でコンプレックスを抱いてるらしい。聡美ははてしないネガティブ思考に入り込んでいる。
「あー、もぅ、鬱陶しい! さとみん、今からソイツに電話しな」
「え? な、なんで!?」
「見かけの年代は離れたけど、あたしら友達だろ? ソイツがハッキリさせないから、アンタがそんな風にウジウジするハメになってるんじゃん。だったらあたしがセッキョーカマしてやっから!!」
無駄に男前(?)な命令(こと)を言い出す純。
「そ、そんな無茶苦茶な──純さん、酔ってる?」
「酔ってないよ! ビール大ジョッキ2杯くらいで、この純さんが酔うわけないでしょ!!」
「まぁまぁ、純ちゃん、抑えて抑えて」
無闇にヒートアップする、見かけは一番年かさな純を、外見年齢が一番下の澪がなだめすかしている。
「そやけど、聡美ちゃんも、ハッキリした方がエエと思うで。
あんなぁ、ウチも兄やんとの婚約が決まった時周囲に流されてなぁなぁになるのはイヤやったさかい、キチンと自分の気持ちを面と向かって口頭で伝えたねん。そしたら、あの人も、真剣に答えてくれたんよ」
その時の答えは「正直、澪ちゃんのコトは妹として見ている部分が強いかな。でも、好ましい女の子としている部分もないワケじゃない。だから──まず、お付き合いして少しずつふたりで気持ちのギャップを埋めていこう」という、誠に潔いものだった。
「それとも、聡美ちゃんの好きな人は、真面目な告白にいい加減に対応するような人なん?」
「う、ううん。ツブラくんはそんな人じゃない、と思うけど……」
意を決した聡美が電話──しようとした瞬間、ケータイに話題の彼からの連絡が入った。
「……ぅん、うん、わかった。じゃあ、明日、大学近くの喫茶店“Leaf Ticket”でね。うん、おやすみなさい♪」
声色まで甘いものになっている様子は、どう見ても相手への思慕の念が丸わかりだ。
「で、その「ツブラくん」とやらは何だって?」
「えっと──大事な話があるから、明日逢えないか、って」
その言葉に色めき立つ残りのふたり。
「フラグ、ゲットや! さとみちゃん、良かったなぁ」
「ま、まだ、わかんないよぅ」
「何いってんのよ。もし違っても、絶好のチャンスじゃん!」
「う、うん──そう、だね。わたし、頑張ってみる!」
と、何とか明るい雰囲気のまま、年に一度の“定例報告会(じょしかい)”はお開きとなった。
高校生なのでそろそろ帰る澪と、(教育実習生とは言え)一応“先生”として彼女を送っていくと言う聡美を見送ったのちも、純はカウンターに移ってまだ飲んでいた。
「フフッ、ホントにあの子らと話すのは楽しいなぁ」
友人にして妹分でもあるふたりの成長ぶりを思い出して、つい笑顔になる。
本来は同年齢のはずの相手に、こんな感慨を抱くのもどうかと思うが、それだけ自分達も今の立場に馴染んだということなのだろう。
「はぁ……それにしても、あの子らにも春が来たんだねぇ」
しみじみ呟くと自分が何だか急に老けたような気分になる。
「ち、違うよ!? アタシだってまだまだ若いんだからね? そ、そりゃあ、そろそろお肌の曲がり角だし、旦那もその候補もいないけど……」
自分で言ってて、先程の聡美の如く落ち込みたくなってきた。
ところが。
「じゃあ、僕が立候補しちゃダメですかね?」
「!」
(え……う、ウソ!?)
聞き覚えのある、忘れるはずもない男性の声が背後から聞こえて、純は息を飲む。
振り返るのが恐い。自分の予想が当たっていても、外れていても……。
純が躊躇っている間に、相手の方から歩みを進めて、純の隣りに座る。
「ただいま、先輩」
「い、いつ帰って来たの? なんで此処に……」
「日本には、今朝方。そのあと、こっちに戻ったのは1時間程前です。
この店に来たのは──すみません、先輩のお家の方に電話しました。
もし理由を聞かれているのなら──約束通り、迎えに来ました」
約束と言われて、純に心当たりはひとつしか無かった。
『日本に戻ったら、必ず迎えに行きます。その時、先輩に異論がなければ、僕ともう一度恋人になってください!』
「ば、バカァ……」
青年──自分の初めてを捧げた少年が成長した男性の腕の中に身を委ねながら、純はいまや自分が心の芯まで完全に“女”になっていることを自覚していた。むしろ、女になって良かったとさえ感じていることも。
──半年後、内田聡美と早乙女澪のもとに、一枚の招待状が届いたことを記して、この話の結びとしよう。
式場では数々の女性招待客に混じって聡美も澪も、喜々として花嫁からトスされたブーケ争奪戦に加わっていたことも付け加えておく。
-おしまい-
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