【4.坂城純の場合】

 あたし──当時の俺は、知っての通り、猫又娘に変えられ、身体が動くようになった直後に「こりゃヤバい!」と思って学校から逃げ出したんだよね。


 あの時、勘に従ってつくづく良かったと思うよ。“絵画の貴婦人”になった佐藤と“赤い靴の踊り子”になった鈴木は、そのまま“学校の七不思議”に組み込まれちゃったもん。そうなったら、もはや人間の世界に復帰するのは絶望的だし。


 あ、そういえばさぁ、サッキュバスになった田中にね、こないだ偶然会ったよ。普通の人間の姿に擬態してたけど。

 うん、駅前のカラオケにさぁ、女4人で来てた。なんでも、他の3人もやっぱり淫魔で、仕事がオフなんで久しぶりに人間界に遊びに来た、とか言ってたなぁ。

 あたしも、一応耳と尻尾は隠せるようになったけど、ホラ、本質的には“人外”じゃない? そのせいか、割とフランクに色々話してくれたんだ。


 魔界に連れて行かれた当初は、やっぱり絶望したり嫌な事も多々あったらしいけど、10年も経つと流石にサッキュバスとしての暮らしにもすっかり馴染んだみたい。一緒にいた子達は今あの子が指導している後輩なんだって。偉くなったもんだよねぇ。


 ──おっと、すっかり、話がズレちゃったね。


 えーと……あの日帰ったら、そりぁ大騒ぎになったよ。なんせ、朝出かける時までフツーに男子高校生やってた息子が、いきなり猫耳娘な状態で帰宅したんだもん。

 10年近く経った今じゃ男の頃の面影は全然ないけど、当時は顔立ち自体は男時代の名残が色濃く残ってたし、“俺”しか知らないはずのこととか話して、幸い両親には俺だって信じてもらえたけど。


 即日病院行って検査したものの、原因は不明。性染色体まで完全にXXに変わってたし、内臓も骨格も完全に女になってたからねぇ。幸い、部屋に残ってた指紋や髪の毛その他の遺伝子と比べて、“俺”と“あたし”の同一性が科学的に保証されたのは助かったけど。


 で、こんな時、説明するのに便利なのが“TS病”ってワケ。

 発見されて20年近く経つのに、現在も原因や治療法がまったく不明のヘンな病気。発病すると、男が女に変わるって事だけが共通してるけど、それ以外の症状はかなり多種多彩。噂では、病気じゃなくて呪いの一種なんじゃないかって話もあるみたい。


 とは言え、ひっそりとではあるけど国に正式に認知された病気で、TS法ってその罹患者のための法律まで制定されてるのは助かったかな。

 “俺”改め“あたし”こと坂城純は、病院で正式に“劇症型TS病患者”に認められたおかげで、戸籍の性別変更とかの手続きや女性生活への補助──いくつかの金銭的な免除とカウンセリングね──を受けられることになったんだよね。


 へ? 女として最初に苦労したこと?

 うーーん、そうだなぁ……あ、そうだ! 生活環境ごと変わったふたりと違って、あたしの場合、まずは服を買い揃えるところから始まったかな。

 もっとも買い物のときは母さんがすんごく嬉しそうだったけど。ほら、ウチ、妹がいたさとみんとこ違って男兄弟ばっかだったから。母さん、娘が欲しかったらしくて、店で色々着せ替えショーさせられた(笑)。


 まぁ、それでも結局は、俺の意見を汲んで、当初はあまり女の子女の子してない中性的な服を買ってもらったからね。いきなり女児服着ることになった澪っちとか、思春期まっさかりのフリフリヒラヒラばっかりのさとみんよりは、ナンボかマシだったと思うよ。


 学校も、ちょっと悩んだけど結局そのまま恒聖に通うことにしたんだよね。変わったのが夏休み中だったから、二学期が始まるまで半月以上余裕があったのは、不幸中の幸いかな。


 新学期が始まって最初のホームルームでもクラスは大騒動になったよ。

 そりゃあ、「ボーイッシュな美少女転校生(笑)が来たかと思ったら、実は一学期までのクラスメイト(ただし男)でござる」ってなったら、ねぇ。逆の立場だったら、俺だって「はァ?」って思ったに違いないし。


 え? クラスメイトの反応? うーん……まぁ、「素直に受け入れたのが3」、「渋々了解したのが5」で、「興味本位の反応したのが2」ってところかな。


 受け入れ組は問題ないとして──まぁ、委員長の佐々木さんとかは、色々お節介焼いてくれたのが、ありがたくもありわずらわしくもありって感じだったけど──了解組も触らぬ神にたたりなし的態度は仕方ないと思うけど、興味本位組の主に男子には参ったなぁ。

 「オッパイ触らせろ」くらいはまだいい方で、中には露骨に「ヤらせろ!」って言ってくる子もいたし。


 もっとも、この猫又体質になって運動能力が以前の数倍になってたから、強引に襲われかけても何とかなったんだけど、それでもウザいのは変わりないし。

 オマケに猫だから春先とか困るんだよね。その──発情期ってヤツでさ。


 そうそう! それで思い出したけど、さとみん、あの時は、美也さんに紹介してくれてありがとね。いやぁ、生まれついての化猫娘なあの人に、猫又としての心得とか耳隠すコツとか色々教えてもらえたのはラッキーだったなぁ。


 今、あの人どうしてるの? へー、さとみん達の卒業と同時に学校辞めちゃったんだぁ。残念。久しぶりに会いたかったのにぃ。

 「彼女の親戚の伯方さんとは、今でも時々電話したりしてる」? じゃあ、良かったら今度、美也さんの連絡先とか聞いといてよ。


 えーと、どこまで話したっけ? あ、そうそう。その美也さん──さとみん達の中学の猫田先生に、猫娘として人間社会で生きていくうえでの秘訣とかを色々教わったんだよね。

 発情期への対処法もそのひとつでさ、結論は「一発ヤっちゃえ」ってミもフタもないものだっだけど。


 あ、別に男とセックスしろってわけじゃなくて、朝一で何回かオナニーしてすっきりしとけば、夕方くらいまでは何とかモつってだけだよ。

 あと、生娘──処女の方が性衝動への耐性が低いから、さっさと誰かとヤった方が楽、とも言われたかな。


 え、初体験? あ~、まぁ、気になるよね、やっぱ……。

 うん、3年に進級する直前の三月に、部活の後輩の子が相手。

 知っての通り“俺”は元々応援団の男子部だったけど、女になったあたしはそのまま女子部のチアリーディング隊にシフトしたんだ。


 でもって、恒聖の応援団って、男子も女子も割かしスパルタじゃん? それで「男らしくなりたい!」ってウチの部に入ったはいいけど、練習が辛くて挫けそうになってた二年の後輩を叱咤激励してるウチに、まぁ、そういう関係に、ね。


 あ、いや、いきなりじゃなくて、12月頃から少しずつ仲良くなって、年明けのバレンタイン&ホワイトデーで進展して、で春休みにいざ、って感じだけど。

 その子に「新学期から外国に引っ越すから、先輩との思い出が欲しいです」って言われて、つい雰囲気に流されちゃってさ。

 ──結局、彼とは引っ越してからそのままになっちゃったなぁ。いや、しばらく文通はしてたんだけどさ。ハァ~。


 その後は、知ってのとおり、男の子とも女の子とも何人か関係は持ったよ。

 男相手にするのは彼のおかげでフッきれたし、元男だから女もイケるクチだしさ。もっとも、猫なのにタチだったりするけど(笑)。


 雌犬(ビッチ)っぽいとは失礼な! 言っとくけど、あくまで好きになった相手としかシてないし、付き合うのはいっぺんにひとりだけだかんね。

 ──まぁ、この10年間で最初の後輩も含めて恋愛関係になったのが6人もいるから、惚れっぽいってのは否定しないけどさ。


 いま? 今は珍しくフリーだよ。誰かいい人いたら紹介して──って、さすがにこの歳で高校生相手はナシか。澪っちはいいや。さとみんの大学の方とかイイ男いない? この際、イイ女でもいいよん。

 ……って、人にばっか恥ずかしい話させといて、アンタらはどーなのさ!?

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