【3.早乙女澪の場合】

 「そう言えばさぁ、今だからこそ言えるんだけど、あたしらの中で、当時一番苦労したのって、やっぱ澪だよねぇ」


 ンクンク……と、早いペースでカクテルのグラスを飲み干しながら、ちょっとだけ真面目な表情になった純が、ポツリと呟いた。


 「そうですね。私なんか、2学年下がっただけでも、結構面倒なことが多かったし」


 聡美も、同情するように頷く。


 「え? ウチ??」


 対して、名指しされた澪本人は我が事ながらキョトンとした顔をしている。


 「だって、一夜にして小学3年生の女の子になったんでしょ? 周囲はお子様扱いするだろうし」

 「うーん、それは確かに、いきなり小学生扱いされて、正直エエ気はせんかったけど。でも、逆にウチの場合、いったん小学生に戻ったからこそ、環境に馴染めたってのもあると思うんよ」


 ……

 …………

 ………………


 あの日、家に帰ったときは、エラい叱られたわぁ。まぁ、男女関係なく、“十歳のお子様”が深夜2時頃起きて外をうろついてたら、そら親は怒るのは当たり前やろうし。


 それに、自分の意識としては確かに“16歳の男子高校生”やったけど、身体もえろぅ小さなってしもて、体力的にも夜ふかしとかもできんようになってしもたさかいなぁ。


 好きやったコーヒーとかも苦ぅて飲めへんようになったし、否応なしに「今の自分は小学生のお子様なんや」って、理解せんワケにはいかんかったんよ。

 ──もっとも、結局、高校生になった今でも、コーヒー派やなくてそのまま紅茶派になってしもたけどな~、アハハ。


 それにホラ、ウチの家って、今時にしてはわりかし考え方が古いほうやんか。

 男の子の場合、「腕白でもいい、逞しく育ってほしい」って“希望”どころか、「腕白になれ、逞しくあれ!」ってほとんど“強制”する勢いやったしなぁ。


 ウチ──男の頃のボクは、マイペースでのんびりした方やったから、そこまでせきたてられるのんは、正直結構しんどかった面もあったんや。

 それが女の子になった途端──まぁ、家族とか周囲は「元からそう」やったと思てるんやろうけど、蝶よ花よ──ってのは大げさにしても、ひとり娘やからかエラい大事にしてくれるようになってん。


 それまで半分無理矢理やらされてた剣道と柔道の代わりに、お茶とお花のお稽古が月・水・金に入っとったのには、ホンマわろたわ~。


 もちろん、女の子の場合、「控えめでお淑やかにせんといかん」って言われる傾向はあったし、実際何度かそう注意されたけど、「ワイルドになれ! 一番になれ!」って急かされるよりは、ボクの性格上、ソッチの方がなんぼか気が楽やったしなぁ。


 それに──十歳って、少しずつ男女の差を意識し始める頃やん? 身体も徐々に大人になる、いわゆる第二次性徴が始まる時期やし。


 そらスカートをはじめ女の子らしい服を着さされたし、下着も女の子用パンツにシミーズとかやったけど、子供のストーンとした身体やとそれほど違和感ないし、割とすぐ慣れたわ。


 小学校のクラスも、女の子も男の子も仲よぅ遊んでた方で、それも幸いしてすぐ馴染めたし──まぁ、心も身体に引っ張られたんか、ボクが元々子供っぽい方やったんかはともかく。


 けど、さすがに五年生に上がる前の春休みに、胸がちょっとずつ膨らみ始めた時は衝撃やったで。

 で、五年生に進級してすぐの頃やったかなぁ。お母はんとブラジャー、って言うてもファーストブラやけどを買いに行ったんや。


 その時、お店で試着して初めてブラ着けたとき、「ああ、やっぱウチは女の子なんやなぁ」って、否応なしに自覚ができたんえ。

 ちょうどクラスでも男女のコミュニティが完全に分離し始める時期やったさかい、そのままウチも自然と女の子側に入っていくことができたし。


 ……

 …………

 ………………


 「せやから、そういう意味では、いきなりあからさまな「女の子の輪」に入るコトになった、さとみちゃんやジュンちゃんよりは、ウチはなんぼか恵まれてたと思うんよ」


 澪は、そう話を締めくくって、ノンアルコールカクテルで喉を潤した。


 「へぇ~、なるほど。ある意味、「時期が良かった」のかもねぇ」


 感心したように純が頷いている。


 「そういう、純さんはどうなの? 私らの場合と違って、周囲は元の状態も変化後の姿も両方認識してたワケだし」


 ズバッと聡美が切り込む。


 「あ~、まぁねぇ」


 天井に視線を逸らしてポリポリと頬をかく純。


 「仕方ないなぁ。ここだけの話だよ?」

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