【2.祝杯】

 「それでは、さとみんの教育実習開始と、恒聖高校への帰還を祝って……」

 「「「かんぱーい!」」」


 保護者同伴なら未成年もOKの居酒屋で、3人の女性が祝杯をあげている。


 ひとりは、店内なのになぜかニット帽を目深にかぶった20代半ばくらいのラフな格好をした肉感的な体型の女性。

 ひとりは、21、2歳くらいの、レディススーツを着たショートカットのおとなしそうな女性。

 そしてもうひとりは、今時珍しいロングストレートな黒髪が特徴的な、ややクールな印象の高校生くらいの少女だ。


 3人とも標準を大きく上回る美人と言ってよいルックスだが、顔立ちそのものはまるっきり似ていないので、おそらくは姉妹とか親戚とかではあるまい。

 同性同士の気安さで、男性の前ではあまり見せないような健啖ぶりを示しつつ、雑談に花を咲かせる3人。


 「それにしても──あれから8年か。ようやくアソコに戻ることができたわ」


 ふと、会話が途切れた際に、「さとみん」と呼ばれた女性──内田聡美はグラスを置くと、しみじみ呟いた。


 「ウチらン中で、さとみちゃんだけ、今まで恒聖に入れへんかったモンなぁ」


 関西弁混じりで話す和風女子高生は、早乙女澪(さおとめ・みお)。話題に上っている恒聖高校に通う2年生だ。


 「それは言わないで。私も2回目の受験でまさか落ちるとは思わなかったんだから」


 聡美は微妙に渋い顔つきになっている。


 「まぁ、いまさら気にしない気にしない。第一、学校の格から言ったら、星河丘の方が上じゃない」


 軽快なペースでグラスを空にしている女性──坂城純(さかしろ・じゅん)は、ケタケタ笑いながら陽気に聡美をなだめる。


 言うまでもなく、聡美以外のふたりも、“彼女”と同じくあの夜、その存在を変えられた聡美──いや“聡志”の友人だ。

 性別が変わり2歳若返っただけ(いや、それを“だけ”と言うのもどうかと思うが)の聡美に比べて、“彼女”たちの苦労は随分大きかったことだろう。


 たとえば、元・早乙女零(れい)だった澪の方は、一夜にしていきなり小学4年生の女の子になってしまったのだ。


 女子中学生になった聡美でさえ、10センチ以上下がった視界や女の子としての華奢な体つきに大いに戸惑った。まして、16歳の男の子から8歳の幼女になってしまった澪の違和感は推して知るべし。


 また、関西出身の早乙女家はちょっとした旧家の流れを汲み、「男の子はたくましく、女の子はお淑やかに」をモットーとする家柄だったため、しつけ面でも色々苦労したようだ。


 もっとも、性差の比較的少ない思春期前の環境にいったん戻り、それから女の子としての習慣その他を少しずつ身につける事になったため、今となっては結果的に澪が一番自然に女の子らしく成長したと言えるかもしれない。

 実際、現在の恒聖高校では“カリスマ生徒会の美人書記にして茶道部部長”として、多くの生徒から憧憬を集めているくらいだ。


 対して、坂城純の場合は少々複雑だ。“彼女”の場合、性別こそ変わったものの、名前や年齢、立場などに変化はなく、しかし常人にはあり得ない猫耳+尻尾と言う異物が生じてしまっている。


 この事態を解決するため、“彼女”は百万人にひとりという奇病・TS病の被害者──ということにされてしまったのだ。


 TS病と言うと男から女に変わる病気という認識が一般的だ(もっとも、本物の一般人なら、そもそも病気の存在自体知らない)が、その中のさらにレアケースとして、純のように獣耳や尻尾、翼などが生えたり、髪や瞳の色が劇的に変化することもあるらしい。


 とりあえず公的には純はTS病患者という扱いになり、戸籍の性別変更などの種々の手続きも経験している。


 その過程でいろいろ好奇の目で見られることもあったものの、“元の自分”との連続性(友人関係や私生活・学校生活など)を、もっとも明確に維持できたという点は、他のふたりにはない利点だろう。


 (あれっ、そう考えると──もしかして、私って一番中途半端?)


 ふと首を傾げる聡美。

 澪程完全に女にはまだなりきれず、かと言って純と異なり男としての16年間の歴史はすでに「なかったこと」にされているのだから。


 (ま、今更言っても仕方ないか)

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